唇に、さよなら。 (ページ9)

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０９：紫耀。ページ9

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｢平野くんがまだ寝ないなら
ちょっとだけ隣座ってていい？｣
｢もちろん。俺、お邪魔させてもらってる側だしね。｣

日付が変わる少し前、録画しておいたバラエティ番組を見ながら
ソファの片隅で飲むビールは、久しぶりに美味しいって思えた。

隣に誰かいる。ただそれだけで
こんなに寂しい気が紛れちゃうんだ。と気づきたくないことに気づく。

ずっと一人で平気なフリしてたけど
やたらと大きいこのソファに一人で座って、スペースを余らせる日々が、大好きなビールの味を濁らせていたんだなって。

｢旦那さんには、俺が泊まってること連絡してるの？｣
｢してないよ、ていうかあんまり連絡取らないし
私が一人で何してても興味無いだろうから大丈夫。｣
｢･･････ほんとに？俺のせいで怒られたりしない？｣
｢怒られたりなんてしないよ。｣

だってあの人はきっと、今頃私じゃない誰かさんと
身体を寄せあって眠ってるに違いない。

“出張”だなんて雑な嘘と、隠す素振りもない態度を示すあの人に
私を怒れる権利なんてないと思う。

そもそも、私が他の男性と過ごしてたって
もう苛立ったりもしないんじゃないかな。

完全に冷めきってしまった夫婦関係に
再び暖かい風が吹くことは、きっともうないと思う。

それでも、離婚を選ばないのは
あの人のお陰で私たち家族が救われたから。

それは、紛れもない事実で、変えられない過去なんだ。

｢そんな顔しないでよ。｣
｢えっ？｣

空になった缶ビールを片手に
いつの間にか自分の世界に入ってた私。

そんな私の白けた表情を覗き込んだ平野くんが
心配そうな目で私を見つめる。

その瞳が綺麗で、暫く見つめていたかったけど
これ以上目を合わせると、自制心が効かなくなりそうで
パッと平野くんから距離をとる。

｢結婚とか、夫婦とか、よくわかんないけど
俺で良かったらいつでも話聞くからさ。
だから、一人で悩んだりしたら駄目だよ。｣
｢ありがと、･･･平野くんはやっぱり優しいね。｣

｢紫耀。｣

｢えっ？｣
｢平野くんじゃなくて、紫耀って呼んでよ。｣
｢･･････紫耀、くん？｣
｢うん。それがいい。｣

クシャッと嬉しそうに笑ってみせる素振りに
心臓が高鳴ったのは、

アルコールが回ってきたせいかな。