鍾愛 9 ページ10
閑散期には決して珍しくもなく長めの休憩時間に外出する。夕方ではあったが、期待に胸を膨らませ、軽い足取りで例の喫茶店へ向かう。
(また、会えるかな)
カラン、と店のベルを鳴らして中に入る。アナログレコードが店内を昭和初期の音楽で満たす。少しノイズの入る音が、この喫茶店に合っている。
「いらっしゃいませ…あら」
『こんにちは…』
職業柄、人の顔を覚えるのは苦手ではない。だがそれ以前に目立つ容姿に目立つ出来事。彼女のことを覚えていない訳がなかった。
席に案内されて、今回は珈琲を頼む。
平日の昼間だと人が疎らで混雑もしていなかった。
飲み物を片手に仕事をする者、お昼ごはんを食べている社会人と思わしき女性、パシャパシャと料理の写真を撮る自分と同年代と見られる女性二人。
(…今度、樋口ちゃんと来ようかな)
思えば私たちの外出先と云えば決まって居酒屋が殆どで、それかお互いの家には数度行った程度だ。
「お待たせ致しました」
今度は、違う女給さんが珈琲を運んできてくれた。
ことりとテーブルに置かれた珈琲を一口含む。鼻腔に広がる穏やかな風味と味蕾を伝うのは苦味とほのかな酸味…その奥にはきめ細かな甘さがある。
美味しい。
もう一度、味わおうとカップを指に引っ掛けるとカラン、と先ほどのベルが鳴った。
殆ど気にも留めず風味を味わってからごくりと喉を鳴らすと最近では見慣れた外套が視界の隅をちらついた。
反射的にその人物の登場にぐっと顔を上げるとその端正な顔立ちをした彼と目が合った。
『太宰さん…!』
「やあ…Aちゃん」
会えた、と嬉しく感じると同時に彼がいつもと違うと
瞬時に察した。普段の彼は私に"ちゃん"なんてつけないし、私に対してこんなに他人行儀に接したことはあっただろうか。
太宰さんの言動を訝しんでいると彼は顔を逸らして離れた席に座ってしまった。
(…私、何かしたかな)
ちらりと窓際の席に座った太宰さんを見る。何も頼まずに、退屈そうに本を読んでいる。
視線を戻して私は珈琲に映る自分と目があって、ため息をついた。
悶々とした気持ちを抱えていると太宰さんのテーブルの横に例の金髪少女が来る。仕事上がりなのか、制服から私服になっていた。
「治さん。お待たせ」
「ああ春雛ちゃん。お疲れ様」
太宰さんは本を閉じて立ち上がるとそのまま二人で肩を並べて歩いて行った。
『…え?』
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あい - ??? (1月29日 23時) (レス) id: 59cf03caf8 (このIDを非表示/違反報告)
あい - 更新中でしょうか?ワクワクです (1月29日 20時) (レス) @page43 id: 59cf03caf8 (このIDを非表示/違反報告)
時雨 - これ太宰さんどうなっちゃうんでしょうか……あと文才ご凄くありますね! (1月22日 11時) (レス) @page31 id: 68fda9e290 (このIDを非表示/違反報告)
悠 - こういう系あまり読み続けられないんですがこれは一気に読めちゃいました…!文章能力すごい高いですね…尊敬…更新待ってます!頑張ってください! (8月26日 15時) (レス) id: efb8355445 (このIDを非表示/違反報告)
ライム - こういう物語って大体中也ポジの人は振られちゃうので、この展開メッチャ好きです!私が中也推しなのもあるかもですけど、wとにかく更新楽しみにしてます! (2023年3月25日 3時) (レス) @page42 id: e7904a37c4 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:桜雪 | 作成日時:2020年1月25日 21時