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....でもそれも学生時代までの話。大学を卒業したのももう五年も前になる僕は、長いことそうして気を使う必要が無い状況に置かれていた。....と、思っていた。だから、そうして口付けられるまで、その純粋で真っ直ぐな好意に気が付けなかったのである。それどころか、気が付かないままにそれに浸っていた様な気もする。
相手が生徒とはいえ....素直な感想を口にするならば、そうして好意を向けられているその状況はとても心地良かった。どこか甘ったるい、蜂蜜にでも浸かっているみたいな空気感。熱の籠った視線も__それが尊敬の念から来るものではなく、恋情なのだと気が付くのはこの通り随分と遅れたのだけれど__嫌では無かった。
でも、そうとわかってしまえば。気がついてしまえば。『教師』という立場の僕は、距離を置くという選択肢を取ることしか出来ない。それが君の為だ、なんていう常套句を使ってでも、『教師』で居続けるにはそうするしかなかった。
「ねぇ、先生。呼び捨てで呼んでくれませんか? Aって」
恋は盲目、とはよく言ったものだと今までに何度も思ったけれど、彼女ほど周りが見えていない女の子に出会ったのは初めてかもしれない。正に妄信的で、愚かなほどに真っ直ぐだ。....ただ、もう僕は大人だ。彼女の無茶には、悪いけど付き合ってやれない。
「....帰ろうか。もう先生も帰るし。....下駄箱まで送るよ。」
何もない。ただの事故だ。まだ間に合う。そう言い聞かせつつ、お得意の笑みを貼り付ける。
彼女の傷付いた表情に気付かないふりをして、そうして何事も無かったかのように振舞った。
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作者名:らぱん( ・×・ ) | 作者ホームページ:http://uranai.nosv.org/personal.php?t=d9fece3f785bc7d3ebaeeecd6103e95f...
作成日時:2019年2月23日 17時