廿弐 迷い ページ23
鬼は元々、人間であったという。だが、人を喰らううちに、人間であった頃の記憶は失われる。
鬼としての本能に蝕まれ、終わりのない呪縛の中を彷徨うしかない。家族も、愛しい人も喰らい、喰らったことすら忘れて地面を這う。
鬼になった人間は、もう人間ではない。
獣のような唸り声を上げる、1人の女性。人の骨など簡単に噛み砕けるであろう牙に、猫のように見開かれた双眸。
想い人であったはずの青年を喰わんと襲いかかり、その凶器を振るう。そこに迷いなどない。
誰が彼女を、人間と呼ぶだろうか。
「Aっ!」
だがそれでも、青年は彼女の名を呼んだ。
青年、煉獄 杏寿郎は柱だ。生身の体で鬼を狩り、人を守るために命を賭ける。それで死ぬことになろうとも、彼は彼の責務を果たす。
それでも、彼は刀を振れなかった。
目の前の鬼が、Aという人間と重なって見えて。
殺意に溢れた鋭い視線が、今にも泣き出しそうなほどに悲しみに満ちていたから。
共にありたいと願った人が、己が討つべき鬼と化してしまった。
心優しい彼女が、人間を喰らい生き続けるなど望むわけがない。ならば、ここで斬り捨てる方が彼女のためだ。
それが分からないほど、杏寿郎は愚かではない。
Aを鬼に変えた張本人はと言うと、杏寿郎の様子に落胆していた。彼女を鬼にすれば、自身も鬼になると言い出すのを期待していたのだ。
だが、杏寿郎は鬼にはならない。
「ガアァ!」
Aの攻撃を軽々と避け、刀を握りしめる。
頸を斬れば、彼女は死ぬ。人であったとしても、残り僅かな生だった想い人を、自分の手でトドメを刺すのだ。
どれほど酷なことか、それを語れるものはない。
せめて苦しまないように逝かせてやるのが、優しさというものだろう。
ここで杏寿郎がAを見逃したとて、彼女は人間を喰らう。喰われた人は、2度と戻ることはない。
気絶をさせることも考えはした。だが、血の量が多かったのだろう。Aは下弦の鬼に匹敵するほどの力を得ていた。
それを気絶させることなど、手負いの杏寿郎には不可能だった。
杏寿郎は強く聡明だ。そして、悲しいぐらいに優しい。己が想い人の頸を躊躇なく斬り落とせるほど、彼は無情にはなれなかった。
ほんの一瞬の躊躇いで、杏寿郎の刀が宙を飛んだ。
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伊之助「あの鬼はどこ行った?」
A「炭治郎くんに心を射抜かれてました」
善逸「物理的にな」
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squid(プロフ) - 愛羅さん» 返信が遅れてすみません!感動系は少々苦手なのですが、そのように思っていただけたなら幸いです!完読ありがとうございます! (2019年7月1日 6時) (レス) id: bf945fda6a (このIDを非表示/違反報告)
愛羅(プロフ) - 感動しました!涙が止まりません…( ; ; ) (2019年7月1日 0時) (レス) id: 83407bc1eb (このIDを非表示/違反報告)
squid(プロフ) - ぶるこ。さん» コメントありがとうございます!素敵な夢だなんてとんでもないです。完読していただきありがとうございます。 (2019年6月17日 7時) (レス) id: bf945fda6a (このIDを非表示/違反報告)
ぶるこ。 - 涙ぼろぼろです。素敵な夢をありがとうございます…。 (2019年6月17日 2時) (レス) id: 48aba5c9ee (このIDを非表示/違反報告)
squid(プロフ) - キノさん» コメントありがとうございます!そう言っていただけて嬉しいです。 (2019年6月14日 15時) (レス) id: bf945fda6a (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:squid | 作成日時:2019年5月11日 17時