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拾漆 幸せな夢 ページ18

優しい風の匂いが、鼻を撫でる。
雪が溶け、包み込むような温かな光が差し込む中、わたしは黄色いミモザの木を見上げていた。

「どうした?」
「……いえ。綺麗だな、と思いまして」

隣にはあの人がいて、恋人らしく手を繋いだり、街に買い物に行き、その日の出来事を語り合った。

「たまには手伝おうと思ったんだが、兄上が作ると食費が破綻してしまうと言われてしまった!」
「ふふ、分からなくはないですね」
「いや、よもやよもやだ!」

幸せな日常、幸せな世界。それが心地よくて、こんな日が続けば良いのにと願ってしまう。

「式の日は何を着るのか決めたのか?」
「いえ、まだ決まらなくて」

だから、違うと気付いた。わたしには、こんな幸せなすぎる(・・・・・・)未来なんてないから。
こんなに温かな世界は、わたしの未来にはない。

「杏寿郎」
「ん?」

燃えるような双眸を見据え、彼の手を取る。分厚い皮に、男性らしい大きな手からは、体温が感じられない。
当たり前だ、ここは……この世界は、わたしの生きるべき世界じゃない。
覚悟をした、あの夜を覚えている。己が死に、どう向き合うかを決めたあの日を。
死ぬのなら、あの人の傍で死にたい。短くとも、尊い生を送りたい。泣き叫びたくなるような絶望の中でも、あの人の存在が、わたしを立ち直らせた。

「現実の世界で会いましょう」

歩くことも、呼吸をするのも苦しい現実。
それが、わたしの生きるべき世界。

「行くな。ここなら、君は苦しまなくて済む」

立ち上がろうするわたしの肩を、杏寿郎は引き止めるように力強く掴む。
虚飾に彩られた幸せな世界は、きっと現実よりも幸福に満ちているのだろう。現実よりも、夢の方が、わたしにとっては都合がいいことしかない。
苦しまないでいい。楽になれる。
けれど、苦しい現実だからこそ、貴方がいる。例えどんな苦痛に見舞われようとも、貴方がいれば、それだけでわたしの人生は報われる。
苦しいけれど、いつかは終わりが来るけれど、それまではどうか、貴方の隣にいさせてほしい。

「それでもわたしは、生きたい(・・・・)

言うが早いか、目の前の景色が歪んだ。
渦を巻くように、何かに呑み込まれるように、ドス黒い色に変貌していくのを最後に、わたしの意識は闇の中に沈んだ。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

6時間授業が8時間になったときの絶望感。

拾捌 業火→←拾陸 優しい形



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squid(プロフ) - 愛羅さん» 返信が遅れてすみません!感動系は少々苦手なのですが、そのように思っていただけたなら幸いです!完読ありがとうございます! (2019年7月1日 6時) (レス) id: bf945fda6a (このIDを非表示/違反報告)
愛羅(プロフ) - 感動しました!涙が止まりません…( ; ; ) (2019年7月1日 0時) (レス) id: 83407bc1eb (このIDを非表示/違反報告)
squid(プロフ) - ぶるこ。さん» コメントありがとうございます!素敵な夢だなんてとんでもないです。完読していただきありがとうございます。 (2019年6月17日 7時) (レス) id: bf945fda6a (このIDを非表示/違反報告)
ぶるこ。 - 涙ぼろぼろです。素敵な夢をありがとうございます…。 (2019年6月17日 2時) (レス) id: 48aba5c9ee (このIDを非表示/違反報告)
squid(プロフ) - キノさん» コメントありがとうございます!そう言っていただけて嬉しいです。 (2019年6月14日 15時) (レス) id: bf945fda6a (このIDを非表示/違反報告)

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作者名:squid | 作成日時:2019年5月11日 17時

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