93話 ページ14
「私のお仕事終わりー！ということでかっ君は後は予定通りでよろしくね」
「分かった」
かっ君、もとい鶴蝶は携帯の画面を一瞥し頷く。
「んふー……それじゃあきーちゃん！」
帰ろー！！と突進してくる翔奏。残念ながら受け止めきれずそのまま押し倒された。痛い。
「私寒い中頑張ったでしょ！」
送っていきたいのはやまやまなのだが……。
「ごめん自分まだ仕事ある」
残念ながら残業コースだ。
「は？かっ君どういうことかな」
当然異を唱え始めた翔奏。
「決めたのはイザナで、オレを迎えに来させろって連絡がさっき入った」
「聞いてない！」
うがァ！と暴れる一歩手前の翔奏。ちなみにそのまま翔奏が暴れると多分ガチで傷が開く。
「きーちゃんはあんなガングロサイコパス野郎より私の言うこと聞いてくれるよね！？」
「本人いないからってすげぇ好き勝手言うじゃん」
しかもサイコパスってお前割とブーメランだぞ分かってるか？
「マズいイザナが1分置きにメールで催促してくる」
どうりでさっきからお前の携帯が煩いわけだよ。つーか何で自分の携帯に直接連絡してこないの彼奴？
「きーちゃん帰ろうよぉ！」
「Aどうする？無理そうならオレからイザナに連絡するぞ？」
「……」
逡巡。
「…………翔奏ごめん。自分は翔奏のこともすっげぇ大事だけど、イザナのことも同じくらい大事なんだ」
イザナは自分の王だから。
からりとイザナのピアスと同じデザインのネックレスが揺れ、イザナと同じ色に染められた髪が流れる。
「翔奏、許して」
自分の返答に笑顔の翔奏。しかし器用なことに目が全く笑っていない。
かぱりと小さな口が開く。
覗く赤い舌に白い歯。
近付いて、近付いて、近付いて。
「い、っう……ぐ！？」
激痛。
「A！？神凪お前何やって……！」
「ま、って……すとっ…………ぷ、！」
翔奏を自分から引き剥がそうとする鶴蝶を手で制す。
今引き剥がしたら余計にマズい。されるがままを貫き通せばすぐ終わる。
ぎちぎちと歯がくい込み、千切れるかという直前で翔奏は離れた。
空気に触れた患部が寒さも相まって余計に痛む。
「本気で噛んだなお前……」
触れば独特な凹凸と赤いぬめり。
あと1歩で危うく片耳なし芳一だ。だっせぇし語呂も悪いな。
ぐんっとネックレスを引っ張られる。
「翔奏」
「きーちゃんは、可愛いねぇ」
薄い天然色が弧を描く。
まるで無知な子供を嘲るような、慈しむような、そんな笑顔だった。
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作者名：雨野夜都 | 作成日時：2021年11月28日 17時
