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「っへっくし!」
「ほらも〜、ちょっと待ってね。後でスープも持ってくるから」

一月の海はやっぱり体に馴染まなかった。その足入れてる桶の中の熱湯をぬるいと思うくらいだから相当な時間あそこが気に入ってたんやな?と爆笑して髪の毛についた砂利をとるおニーさんが愉快に言う。その髪を梳くおニーさんの手はいろんな人を救ってきた手だ、と思った。その手はきっとこれからもいろんな人を救うし、いつかはその手を独り占めする相手ができる、その頃は私の記憶も思い出せてる。はずだ。その日が明日でも、私はこの人から離れないと行けない。後ろから鼻歌を歌いながら髪を梳くおニーさんの手を突発的に掴んで、おでこに貼り付けた。それは機械的な無機な生産物とは違って、きちんとした温かいヒトの温度。その手を瞼、鼻、片頬へとスライドさせて、体温が混じ様念じる。私を元のヒトと一緒に溶け込むように。戻して、と願いながら。

「……大丈夫?どこか痛い?」

視界が揺れてこれは涙だと知った。血を流していく。海水に似ているみたいで似ていない冷たく辛い味が口内にじんわり緩く蔓延していく。
「なんでも、無いです」

なんでも、という字が自分の中で勝手に何にも、に変換されてく。私、いくつだ、私、どこの子だ、私、あそこで何をしていた?ぐるぐる頭に大量の文字列が浮かんでは頭に溶け込んでいく。私、なんでこんなに無知であるんだろう。きっとあそこにいたことにも何かしらの理由があって、けれどもわからない私はすべてを放棄した。空想上の仮説を立てて満足すれば、地球は四角いと思って生きていることもあった。海はどこまでもあると思っていた。

「おニーさん、私に名前をください」

塩辛い味を飲み込んで、はにかんで大声を出した。桶の中の水を蹴って外へと追いやった。そうだ、これから第二の人生を始めてみようか。今日を終わらして、明日を生き抜いてみようか。
「おニーさんの事好きになったりもしていいですか」

当のおニーさんはぽかんとした顔をずっとしていて、そりゃ私が告白をしたから勿論だろうな。と理解した上で、それでも私は彼に対してテレを見せなかった。瞬間的な愛だったかもしれない。万年的な恋をしていくわけじゃないけど、彼をライクではない形で形容したい。

「……A、とかどうや」
「いいねおニーさん、センスあんじゃん」

立ち上がった。内から出て、裸足のまま訳も分からずに唇を合わせた。ロマンチックでもなんでもない、日常の記憶。

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しろもん* - すごく良い作品ばかりで、ひたすら感動していました。私は、最後のお話が好みです。でも、本当にどの作品も素晴らしかったです。 (2020年1月21日 23時) (レス) id: 36bbb34c6c (このIDを非表示/違反報告)
アヤノ(プロフ) - 涙がボロボロで止まらなかったです。描写もどのお話も素晴らしく、Bバージョンもとても楽しみです。 (2020年1月19日 0時) (レス) id: b204067585 (このIDを非表示/違反報告)

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作者名:作者一同 x他4人 | 作者ホームページ:***  
作成日時:2019年12月11日 19時

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