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「私、もしかして世に言っちゃう死にそう、な状態だったりしちゃってますか」
「そうだねぇ、唇は若干紫で、髪はたくさんの水分を含んでる。太腿から下は砂に埋まって、現状肩も埋まり始めてる。後三十分もすればきっと首から上も埋まってくよ。一時間後には……ってとこ。君はあの世にも行けるし、この世にいることもできる。」
正直な男性だった。わざわざ海に沈みかけた私の元まで歩いてきてくれたらしく、その人の膝まで水量はあった。ズボンと白衣の裾が濡れていて、その人は博識に自分の知識を軽々と説明した。そのよく回る唇に賞賛を送りながら、はてこれからどうすればいいものか悠長に唸りつつ施行する。その様子をおニーさんは私の近くでにこやかに見ていて、仮にも私を救いたいと申すなら助ける素振りをもう少し醸し出したほうがいいのに、と垣間見ながら思った。思考を今からシャットダウンしても、一時間きっかりと私の最後を見てくれそうな優しさに、謎の信頼を覚える。
口角を上げて話を続ける。もう少しヒントを貰いたいし、知らない人に分からない私と話してほしかったから。八重歯を尖らせるいたずら好きの猫の様に、細めた瞳からおニーさんを映して話し掛ける。
「あの世行を所望した場合は?」
「僕は今にも死にそうな、とても可憐で思わずナンパしたけど振った女の子を見て見ぬふりして、家にとぼとぼ帰るかな」
ナンパて。肩が埋まり始めてるから腕が上がらない。上がらないから笑いをこらえきれずに全力で笑った。こんな私が苦しそう(じゃないけれど、私を見つけたおニーさんは多分助けないと、この子が死んじゃう!って慌てたはず。慌てたおニーさんは多分自分のこの後を考えずに歩いてきたんだと思う。いや、走ってきたのかも。私をどうにかする為に。)にしてる中、ナンパしようと思って助けに来てくれたのか。笑いが止まらない。今度は怪訝そうに私を見つめたおニーさんに覚悟を決めて視線を合わせに行った。おニーさんは簡単に私に意識を向けてくれた。
「りょーかい。救ってよ、おニーさん。」
「仰せのままに、掬ってあげるよ、嬢ちゃん」
にやり、その回答を待っていたとおニーさんは私にかかった砂をとっていく。波が毎度毎度に邪魔をしてきてその毎に顔をしかめるおニーさんを可愛いと密かに考えて、そのまま眠りに落ち着いた。
これもいい思い出だと、確かに脳に覚えさせながら。
確かに、確かに、確かに。脳にすり込んだ。
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しろもん* - すごく良い作品ばかりで、ひたすら感動していました。私は、最後のお話が好みです。でも、本当にどの作品も素晴らしかったです。 (2020年1月21日 23時) (レス) id: 36bbb34c6c (このIDを非表示/違反報告)
アヤノ(プロフ) - 涙がボロボロで止まらなかったです。描写もどのお話も素晴らしく、Bバージョンもとても楽しみです。 (2020年1月19日 0時) (レス) id: b204067585 (このIDを非表示/違反報告)
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