冗談じゃなくて本当 ページ5
聞き間違えじゃなければ、この方は今「癪に障る」と言わなかっただろうか。あまりにもさらっと言われたから流してしまうところだったけど。
癪に障る=気に入らない=ムカつく=死(私の)
「ごっ、ごめんなさいっ!!じゃ、じゃなくて、え?ごめん?こんな感じでいいの?え、あの…」
「ああ。それでいい。謝らなくていい。癪に障るという言い方はそんなに恐ろしいのか?」
「え…う、うん、まあ…」
「なら、怖がらせてしまった。すまなかった」
「う、ううんっ。大丈夫、あの…それで…何で私の名前を?」
色々ラハトさんは知らないことが多いらしい。どうやら言語力が少し乏しいみたいで。いや、けど、別にそんなことは無いけど…語彙力はあるけど使い方よくわかんない、みたいな感じなのかな。
ラハトさんは一瞬目を細めて私を見つめた。ゆっくりと上がった口角によって、スローモーションのように見えるその笑顔の浮かべ方に一瞬鳥肌が立った。
この鳥肌は、恐怖からくるものだろうか。違うような、違くないような…
「咲。君のことなら何だって知っている」
頬が両手に包まれる。何て、冷たい手。雪の中にいるから冷たいんじゃない。だって、この家の中はこんなにも温かいのに。
温かいはずなのに。この家には何処か空虚な雰囲気が漂っている。何か足りない気がする。大切なものを失ってしまったような。
顔が近付いてくる。
え。待って。何しようとしてるの。ちょっと待って。キスしようとしてるの。やばいって。だって私達女の子同士で。それ以前に、まだ知り合って全然経ってないのに。ま、ほんとに、
「……駄目だ」
「…え…?」
「今の君は私には何も与えてくれないらしい」
寸でのところで顔を離したラハトさんは諦めたように笑った。
言いたい。言っていいだろうか。いや、心の中でだけなら許されるはず。
ほんとは、ちょっと、期待してた。その瞳に深い愛情が籠っている気がして。
…なんて。馬鹿なんじゃないの、私。相手は女なのに。深い愛情だとしても、それはお母さんが子どもに向けるようなもの。
考えているとどんどん深みにはまりそうだったので、私は頑張って自身の興味を惹く話題を探し、それは案外すぐに見つかった。
「…与えてくれないって」
「君は、まだ私を……」
「…私を?」
「………」
「…?」
「言わない」
ええっ、と私の素っ頓狂な声が漏れ出た。笑いをこらえるラハトさんに私は赤面した。
.
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名:APca | 作成日時:2017年5月20日 1時