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オレンジに空が染まる頃、君と私は屋上へ向かった。君の準備に時間がかかるみたいだから、私は先に屋上で待つように医者に言われた。
「A」
薄浅葱の入院服が、風に吹かれる姿を私はこのとき初めて目にした。腕には寝ていた頃よりははるかに少ない管が繋がれている。まだ歩くことは難しいのか、車椅子に乗せられていた。
折れてしまいそうに華奢になった身体、夕刻の空に映える白い肌、優しく細められた目に、ふわりと浮かべた微笑。
君が目を覚ましたのだ、と、私は改めて実感した。
「花火、あともう少しで始まるよ」
「そうなんだ、早く見たいね」
「その色、似合ってる」
「あは、入院服だよ？」
「本当に甚平みたい」
「Aの浴衣、綺麗だよ」
「……っありがとう」
何を言っても、君が応えてくれる。むしろ君が何かを言って、私がそれに応えている。他人からみたら当たり前のやりとりが、涙が出そうになるほど嬉しい。
ゆっくりと太陽が沈んでいくのを見ながら、私たちは噛み締めるように会話をした。途切れることなく、空白の時間を埋めるように。
「暗くなってきたね」
花火に期待するようにはしゃいだ声色だった。
日も落ちて、広い宇宙に、私と君しかいないみたいに錯覚する。
「あっ」
声を上げて、ヒュ、と空を駆け登る光の玉を目で追う君の横顔を見つめる。弾けて、空に色を塗って、音が鳴る頃には散っていく。君はうっとりとした表情を浮かべた。
何発も何発も、滞りなく打ち上がる。年に一度の夜空だった。
定番の形の花火から、特殊なハート形や星型の花火に移る。君は時折「今のやつすごい！」と楽しそうに話しかけてくる。
花火も終盤にかかって、大きな目玉の花火の準備が始まる。しばらくの間、黒の空が続く。しん、と静けさが広がる。
ふと君を見れば、君も伏せがちの目でこちらを見ていた。3分の1くらい瞼が閉じたその隙間から、目が合う。
君は、ひとつ息を吐いて、おもむろに左胸に手を当てて言った。
「好き」
その言葉を聴きとった瞬間、大きな光の玉が打ち上げられた。天高く昇っていくそれに、君は目も向けない。ただずっと私を見つめていた。
私はその花火が弾ける前に、音で掻き消される前に、と、目線を合わせたまま応えた。
「私も、好き」
君は目を丸くしてから、嬉しそうにして、１年前と同じ宝石を目元に浮かべた。それは涙だった。
透明に輝くそれが、薄浅葱色に染みて広がる。
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