薄浅葱色の涙 (雨傘 空) ページ2
思えば私は、君のことが好きだった。
君と初めて夏祭りに行った夜のことを、私はいまだ夢に見る。あのとき君は何を言おうとしたのだろうか、今でも考えていることがある。
黒い絵の具をベタ塗りしたような空に、パッと花火が開いた。ドッ、と力強い音が遅れてやってきたのは、ぱらぱら、と光が降り注いだあとだった。
「綺麗だな」
紺色の落ち着いた甚平に身を包んだ君は、空を見つめたままそう呟いた。私は色とりどりの花火に照らされるその横顔を見つめながら、微笑む。
花火が打ち上がり始めて、私たちは川原に並んでただ空を仰いでいた。
「来年も、一緒に見ようね」
そう言ったのは私だった。驚いたみたいに君は私の方を見た。目が合う。
君は一瞬だけ微笑んで、その目元に少しの宝石を見せた。きらきらと輝いて見えたのを覚えている。
君が躊躇ってから、何かを言おうとしたとき、その夜一番の花火が弾けた。ドッと音がして光が降り注ぎ、君は「そうだね」と笑った。
あのときの私は幼くて、「花火を2人で見に行こう」だとか、「来年も一緒に見よう」だとか、何の気もなしにさらりと言えたけれど、今は違う。
毎日顔を合わせるのに、たったそれだけが伝わらない。
訪れ慣れた君の部屋の扉を開ける。白を基調とした部屋にひとつだけある窓から風が吹き抜ける。私は手土産を持って、君のそばへと歩く。
「ふふっ、その色好きなの？」
君はまた昨日と似たような薄浅葱色の服を着ていた。君は髪を風にあそばせながら、小さく息をする。私は少しだけ笑ってから、話を続ける。
「ずっと前に、夏祭りに行ったの覚えてる？……ほら、近所の大きな花火が人気のやつ」
君は覚えていないのか、はたまた私に意地悪をしているのか、何も答えず私の言葉の続きを待っているようだった。
私は手土産の果物を分けて食べながら、椅子に座って、話す。
「去年は紺色だったけど、今年は青っぽい着物かな？」
君の服の裾をつまみながらそう言った。試しにフルーツを君の目線の高さに掲げるも、君は興味がないのか、見向きもしなかった。
私は口元に笑みを浮かべたまま、俯いた。君が全然反応しないから、私も心が折れてきたのだ。
「ねえ、明日になっちゃったよ」
薄浅葱色の入院服をキュ、と握る。そこから伸びる日に当たっていない白い華奢な腕には、私にはよくわからない管がいくつも繋がれていた。
「もう、無理だよ」
白い部屋に、ピッという君の心臓の音と、私の嗚咽だけが響く。
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