月下に駆ける。【練紅炎】

〇肆〇 ページ5

「見てご覧なさいよ、この髪。
皇族のみが召すべき白をこんなに纏わせて…不躾極まりないわ。」

芝居がかったその声は、自身の背後に控えている女官たちに向けたものらしい。主人に尋ねられれば、家臣に肯定以外の選択肢はない。

「はい。」「その通りにございます。」

女官たちも既にこの状況に慣れているのだろう。口篭ることもなく淵明(えんめい)に賛同した。

淵明は満足そうな笑い声を漏らしたが、露月は糸が切れた人形のようにピクリとも動かずただただ頭(こうべ)を下げている。


淵明は、それが気に食わない。


「そして……」


繊細な杜若(かきつばた)の花が描かれた扇子をピシャリと畳むと、その扇子で露月の顎を掬った。

────抵抗など、するものではない。

そう自分に言い聞かせ、淵明に従うがまま顔を上げた露月の視界に映ったのは、まるで自分を汚物のように見つめる淵明と女官たちの濁った瞳。

その瞳には一切の情も、憐れみも、人間らしい良心さえ感じられなかった。

「この目よ、この目。卑しい血の色をした瞳。
白い髪に赤い瞳なんて、古記伝に記されている大蛇にそっくりじゃない！」

淵明が面白そうに声を上げると、女官たちも鸚鵡(おうむ)返しのように続いた。

「はい。」「その通りにございます。」「此奴は白蛇の化物です。」



*** *** ***



露月を罵倒する姫。姫に付き従い、露月を嘲り笑う女官。


露月がこんな絵面と相対するのは、何も淵明の時だけではなかった。


明日の昼頃には練 白徳帝の后が。
明後日の夜には日頃の憂さ晴らしに同僚の女官たちが。
人を変え、場所を変え、露月を痛めつけにやって来る。しかし、露月を取り囲む周りの環境だけは一向に変わらない。

まだ十にも満たない子供には、酷すぎる仕打ちであった。
そう、忘れてはいけない。
露月は、愛情に飢え、まだまだ駄々をこねたい年頃の “子供” なのだ。


*** *** ***


「この化物めが！」

淵明の扇子が、露月の頬をめがけて、何度も何度も打ち下ろされる。








艶やかな白銀の髪と、煌々と光る赤い瞳を持つ美しい少女の心は、とっくに荒みきっていた。

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