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なぜだかその人は私が煙草を持つのと同じ左側に立つのが好きだ。
すぐ後ろにはだれも使わない錆びかけたテーブルがあって、そこにある灰皿は私専用だ。
「バレンタインだったなぁ」
「そうですね」
そこに立たれると錆びれた柵に付いた煙草を揺らす自分の手が邪魔になって大野さんの顔が見づらくなってしまうのに。
あるいはわざとそこに立っているのかもしれないとすら思ったりもする。
「嫁がよ、手づくりでチョコレートケーキ焼いて待ってるらしいんだよなぁ。メール入ってた」
「それはご愁傷さまです。もう間もなく日付変わりますよ」
「だなぁ、悪いことしちまった」
「なら帰ればよかったじゃないですか」
「そういうこと言うかねぇ、手伝ってやってるのに」
私よりずっと大人なくせに時刻の計算もできないんだから。
残って残業なんてものに付き合わなければよかったものを。
あの美人で料理上手な奥さんがどんな想いでチョコレートケーキを焼いているかを想像できない人ではないだろうに。
「今からでも帰ってもらっていいですよ。私たちだけでなんとかするんで」
「いんや、もう徹夜になるって連絡入れて電源切っちまった。バレンタイン、あと何分残ってる？」
言われてポケットのスマホを取り出す。
ナイトモードに切り替わって淡く暖色に光るディスプレイには二十三時五十一分の表示が出ていた。
「あと九分ですね」
「そっか。九分か」
組んだ手を柵に乗せて体重をかける大野さんはその黒い目をきょろきりと動かして私を見た。
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作者名：iCHiKA
| 作成日時：2020年2月14日 18時
