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男一人暮らしの部屋はこんなに甘い匂いなんてしない。
人の家のキッチンで我が物顔に黄色いエプロンの裾を揺らしたAはようやく俺に気が付いたように振り返った。
「来てたのか」
「うん。無理言って早く抜けさせてもらった」
「今日なんて一年で一番忙しいんじゃないの」
「クリスマスといい勝負だね」
Aが笑う。
一度手を洗うとエプロンのポケットに差したタオルでぱっぱと手を拭いて、慣れた手つきで俺の鞄を奪い取った。
「夕飯用意してあるよ」
「食う」
「奮発して駅前に新しくできた高級スーパーで買ってきた」
「お、ナイス」
あそこの総菜はどれも美味い。
てんで料理が苦手なAは俺の家に来るときいつもどこかで総菜を買ってくる。
必ずと言っていいほどハンバーグがあるのがAらしいところだ。
Aの手が俺の首に伸びる。
その手がそのまま俺の首を絞めるところを何度か夢に見た。
なぜなのかはいまだにわからない。
Aは当然俺の首を絞めるわけでもなく俺の首に絡まったネクタイをその白い指で器用に外して見せた。
シャツ一枚隔てて白い指が首元の肌を滑るたび俺はどうしようもなくドキドキと心臓がうるさくなる。
絞められているわけじゃないのに喉がきゅうと締まってどうにも呼吸がしづらい。
あえぐようにごくりとつばを飲み込む音がAには聞こえていなければいいが。
しゅるり。
かすかな音を立ててネクタイが抜け落ちる。
途端に呼吸が楽になったような気がしてはあと詰まった空気を吐き出した。
「デザートはガトーショコラだからね」
「わかってるよ」
そのために今日一体いくつのチョコを断ったと思ってんだ。
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作者名：iCHiKA
| 作成日時：2020年2月14日 18時
