八月と見解(ci) ページ3
*
「君の夏に私はいないの？」
ちょっとポエミーにそう言ってみても、目の前の彼は手の中の端末を弄ったまま。大方女の子と遊ぶ予定でもたてているのだろう。大事な幼馴染が話しかけていると言うのにさいてーだ。私には遊びのお誘いもしてない癖に。何か怒らせることをしてしまったかと思案するも、心当たりが多すぎて分からない。液晶に映った知らない名前に、その女誰よ！、なんて茶化そうとして辞めた。向かいに座る大先生は私をちらと見て、いつもとは違う笑い方でチーノに目をやる。
「そういえば、最近どうなん
なんか新しい子連れとったやん」
ほらやっぱり！！浮気じゃん！！
まぁ別に付き合ってはないんだけどさ。私が髪切った時もなんも言ってくれなかったし。首を撫でる毛先を摘んで日に透かしてみる。
「いやー、この前の、そろそろ飽きたっすわ」
何、その顔。乾いた声に顔を上げれば、童話に出てくるわるい狐みたいな、口の端だけ上げた冷えた顔。そんな顔が出来るなんて知らないよ。いつも悪戯っぽく笑ったり、呆れ顔で私の相手してくれてたじゃん。私の知らない間に、遠くに行かないでよ。
「…なんでおらんのやろ」
「チーノ？」
大先生が眉を下げてチーノを見た。伸ばされた手に自分のそれを重ねようとする。それなのにチーノの手は私の心臓の当たりをすり抜けて、その先にあった写真立ての縁をなぞった。よく撮れた写真だ。薄いガラス一枚向こうで、何故か髪の長い頃の私が満面の笑みでこちらを向いている。胸まであった髪を切ったのはもう二ヶ月も前のことなのに。
…あぁ。
そうだった。あの日私は髪を切ったんだった。
薄く雨の降る夕方のことだった。久しぶりに一人の休日で、久しぶりに髪を短くしようと思って、久しぶりに中心街まで足を伸ばしたあの日。新しい傘と髪型にうきうきしながら帰りの道を歩いていた私は、突っ込んで来たトラックを前に動けなくなってしまったんだった。
またすぐに携帯に戻された視線が面白くなくて、お行儀悪く頬杖をつく。
「私、ここにいるんだけどなあ」
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作者名：錆山 | 作成日時：2021年2月26日 20時
