α indi

定時までの＿izw ページ12

縦振動に揺られ、停車発車の度に慣性の法則に従い右へ左へと振り回される準急の中。

いつだったか、動画のタイトル作りの企画で、『こうちゃん山手線に乱入してみた』というのを作り出したのを思い出す。

あれの一番傑作は何だろうな、『シュレディンガーの猫爆発してみた』とか『最高級一千万円を作ろう』とか。

あと『素粒子』シリーズ、個人的に良いなぁって思ったり。

眠気を吹き飛ばすのに必死な朝方、此方のテンションなどお構い無しに彼奴はやって来る。

俺の自宅の最寄り駅から二駅進んだ所、それが彼奴の乗ってくる駅。



「ヘイタクシー」


「違ぇよ阿呆」


「クイズ王に言われちゃ反論できないなぁ」


「クイズ王関係ないっつーの」



青いカバーの座席、いつも開けてある……というよりは開いている、俺の右隣、端の席。

遠慮もなしにどかりと座り、何かしら毎回吹っ掛けてきておいて、すぐに寝付いてしまう。

この遠慮のないスタイルの謎に満ち溢れた彼女は藤村A。

この近辺の大学に通っているらしい電車通いの人、ということしかわからない。

俺達は決して親しい間柄ではない、何なら電車の中でしか会ったこともないし、知り合ったのはつい最近。

そう、その出会いすら謎。





「ねえ。虫って痛みを感じると思う？」



徹夜でレポートを作った翌日、目の下にくっきりとできた隈を隠すように俯いて寝ていた日。

隣から奇妙な問い掛けが聞こえた。

変な人だな、という第一勘は見事に的中。

顔を上げれば、怠そうな二つの糸目は俺を捉えていたのだ。



「あ、おはよう」


「あっ、おはようございﾏｽ」


「で、さっきの答えは？」



話が飛躍し過ぎて、思わず軽蔑と哀れみの視線を向けるところだった。

え、いや、俺に言ってたの？

記憶媒体から知り合いの顔を思い付く限り引き出してみたものの合致する記憶なし、初対面としか考えようがなかった。

多分向こうは俺のことを知っているんだろう、動画か東大王かの二択か、と勝手に結論づけた。



「ああ……えっと。虫について研究する大半の学者は否定派、つまり虫に痛覚はないと結論づけてまして＿＿」



そこからは俺得意の雑学を交えて、まるでテレビの撮影の時みたいに言葉を並べていった。

ちなみに、虫には痛覚を感じる神経がない代わりに危機察知能力が高いらしい。

人間より遥かに小さな体をしているのに不思議なものだ。

……一番不思議なのは、質問しておいて寝てるこの人だったんだけど。

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