彼のスーツを脱がす時７【NINO】 (ページ14)

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194.純粋ページ14

"Aさんがいいんです"

「あ………ありがとうございます」

どうしてなのか

初めて呼ばれた名前に

彼の言葉は裏表なく真っ直ぐだから

だからこそ

信号が青から黄色にかわる

「数日お時間、いただいてもいいですか？」

彼に逃げるように背を向けた手前、理由をつけるように意味もなくカタログをめくる

松坂「勿論です」

「デザインをいくつか画にするのでその中で松坂さんが気に入ったものに決めてください」

松坂「はい」

オーダーもまた次回に持ち越した事で帰ろうと席を立った松坂さん

松坂「雨…強いな」

雨は外に出れば傘も無意味なような降り方

「お時間大丈夫でしたら弱くなるまで雨宿りしていってください」

こんなお天気ならお客様も来ないだろうし

今日の予約は松坂さんが最後

松坂「ありがとうございます」

どれぐらいの時間が過ぎただろう

私は店内にある作業台で作業

松坂さんは本を読んでいた

松坂「雨…やまないな」

独り言のようにも聞こえたその声にお店の外を見ると変わらずに雨は強く降っている

「ですね…聞いても？」

松坂「これですか？」

松坂さんの手の中にはかなり読み込まれている本

焦げ茶の革のブックカバーに何を読んでいるかまではわからない

「はい」

松坂「赤と黒です」

「スタンダールですか？」

松坂「ええ、定期的に読み返したくなる話です」

フランス文学…何だか松坂さんぽいなって

「名前と作品のタイトルは知ってるんですけど読んだことはなくて…どんなお話なんですか？」

新しくいれた紅茶をテーブルに出すと手にした本を置いて優しく笑う松坂さん

松坂「野心に燃える材木商の息子ジュリアンが、
低い身分ながら高い才知を以って上流社会へ入り、レーナル夫人とマチルド嬢という二人の高貴な婦人と関係を持つも、レーナル夫人の手紙を引き金に、最後は処刑されるお話っと言ったところですかね」

「何だかドラマチックなお話ですね」

松坂「それぞれの登場人物の心理描写がとても緻密に描かれていて」

心理描写、さすがその分野の先生

松坂「その時の自分の情緒によって登場人物の見方が変わってくるのが面白いんです」

松坂さんのその表情に何だか興味がわいてきた

「私も読んでみようかな」

松坂「よかったらお貸ししますよ」

「えっ、そんな、いいですよ、今読んでらっしゃるものをなんて」

松坂「俺は何度も読んでますから」

「………それじゃ」

松坂「はい」

「ありがとうございます」