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私は「やめてあげてください」とも「どうぞそうしてください」とも言えず、ただ彼女の顔を見ていた。
私が永瀬のことを知らなかったように、永瀬と栗木さんの関係についても何も知らない。
永瀬が猫を狂おしいほど愛する道理があるように、栗木さんにも彼女の道理がある。
「止めないんですか」
「…はい。二人には二人のやり方があります。私が口出しできることじゃありません」
栗木さんは驚いた顔をして私を見た。
「…廉の言ってた通りの人だわ。彼はよくあなたの話をしてたんですよ。“あいつは俺のこと何も知らんけど、俺もあいつのことは何も知らんねん。そこがいい。”って」
猫だらけの部屋にいる永瀬を思った。
元に戻りたい、なんて意味不明かもしれない。無性に永瀬に会いたかった。
私が永瀬に自分のことを何も話さなかったのは、話したところで永瀬の中の私は変わらないと思ったからだ。
何かを話したとき、永瀬がその話題にどんな相槌を打つのか、どんな意見を持つのか。私になんて言葉をかけるのか。
それを私は話す前から分かっていた。
ただただ、居心地が良かったのだ。
中途半端につながってしまうよりもずっとずっと居心地が良かった。
「私と廉の話を聞いてもらっていいですか。」
栗木さんの顔を覆うガーゼが目に痛い。
白は痛い色なのだと思った。
「はい。よければ」
「私は、プロを目指すダンサーたちの舞台演出をしてます」
「はい」
「私は一度、あなたのことを見かけたことがあるのよ。平野くんの、写真展に来てたでしょう?廉と一緒に。」
「あ…、はい。」
「あの時、私もあそこにいたんです。
あなたたちは…親しげで親密で、だからあなたも廉のガールフレンドだと思った。」
「わたし…“も”?」
「ええ、廉にはガールフレンドがたくさんいるんですよ。私以外にも、何人も。」
「そうなんや、」
「写真展を観に来てた女の子たちの中にも大勢いたわ。もちろん平野くんのファンもいたけどね」
「そっか、そうやったんですね」
「だからあの日は…もうあそこの雰囲気がとんでもないことになってたのよ。私の廉、私の廉、っていう空気がそこら中に。」
憐れむような、悲しむような色が栗木さんの目の中に宿る。
私は目を逸らした方がいいかと思ったが、結局、彼女の目をまっすぐに見つめた。
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ふてぃか(プロフ) - 忙しいと思いますが更新待ってます ! (2019年8月16日 17時) (レス) id: 6381a07ad2 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:琉叶 | 作成日時:2019年3月24日 1時