4. ページ4
「Aさんの絵、前見ました」
「え?ほんまに?」
「あー俺が見してん。写メやけど。あのーあじさいの絵」
永瀬が一時期気に入って、待ち受けにまで設定してくれていたその絵は、紫の紫陽花の中にセーラー服を着た女子高生が佇んでいるものだった。
雨の中に立つように、ビニール傘をさして紫陽花の群れの中を歩く彼女は、昔の私を書いたつもりだ。
もう戻れないと知りながら、それでも果敢に進んでいた頃の私を。
「あの絵、俺もめっちゃ好きです」
「あ…ありがとうございます。」
絵の中に書かれた少女は私自身だということはなぜかその時は言えなかった。
「あの子…名前はあるんですか」
「え?」
「あの、絵の、女の子の名前」
「お前、普通は絵の題名聞くやろ、(笑)」
私は、このときはっきりと、この人のことが気になる、と思った。
いや、好きだとも思ったかもしれない。色で言うと赤色の、それぐらいはっきりとした確信だった。
あの絵は画廊に出した中で唯一売れたもので、しかも気に入ってくれた人が数名出て、小さなオークションに出すことになったものだった。
でも最初に購入を決めてくれた人も、画廊のオーナーも、誰も絵の中の少女の名前までは聞かなかった。
デザインよりも先に、私の中では決まっていたものだったにもかかわらず、それを私自身誰にも話していなかった。
「ほんで、決まってるん?名前。絵の女の子の」
向かいに座った永瀬は傾けたジョッキを一旦テーブルに置いた。
平野紫耀が頼んだコーラはまだ届かない。
自分の名前をスケッチブックに書くよりも、自分が描いた少女に付けた名前を言う方が緊張した。声が震えそうになっているのを、永瀬には知られたくないと思った。
「………よひら、って名前です」
「よ、…え?」
「…あ、あじさいの別名なんです。四枚の花びらって意味で」
「へぇー、よ ひ ら 」
平野紫耀は、私の名前を聞いた時と同じように、「よ」「ひ」「ら」とそれぞれの形で発音する。
自分の名前をこんな風にゆっくりと発音されたら、きっと今より恥ずかしくなるだろう。
「ほんなら、あの絵はどっちもあじさいなんや」
「そ、ですね。」
「夏目、お前なんか顔赤ない?恥ずいん?」
「うっさい。」
「なんで俺にだけそんな冷たいねん!」
「廉嫌われてんの?」
「んなわけあるかぁ!」
けら、と二人で笑い合う姿はずっと昔からの無二の親友のようだった。
.
402人がお気に入り
この作品を見ている人にオススメ
「平野紫耀」関連の作品
感想を書こう!(携帯番号など、個人情報等の書き込みを行った場合は法律により処罰の対象になります)
ふてぃか(プロフ) - 忙しいと思いますが更新待ってます ! (2019年8月16日 17時) (レス) id: 6381a07ad2 (このIDを非表示/違反報告)
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名:琉叶 | 作成日時:2019年3月24日 1時