ingenium ページ17
「動物が刺激に対してとる行動は大きく二つに分けられる。一つは、脳が命令を出して取る反応。そしてもう一つが、神経と脳の仲立ちをしている脊髄が命令を出す反応。――これを『反射』と言います」
たいていのことは「知識」として彼は覚えている。けれど、このときの事だけははっきりと「情景」として思い出せるのだ。いつもと変わらない教室、いつもと変わらない教員、いつもと同じ同級生たち。といっても、もう彼らの顔など覚えていないが。しかし、この情報にはそれほどの衝撃があったのだ。
――お前ら、脳に判断させてまでとる行動が「それ」なのか？
教育場に入学してから、不可解で仕方がないことが多くあった。どうしてそんな不合理な選択をするのか。どうして当たり前のことが当たり前にできないのか。どうして目先の利益にばかり囚われるのか。答えはすぐに出た。教師たちが繰り返す言葉だ。
「カイくん、君は天才だ」
自分と彼らは全く違うから。そのことさえ理解できれば何ということはなかった。教員、同級生、上級生、下級生、その時々に合わせて相手に合わせて、望まれているようなことをやっていればいい。ちょうど幼い子に話しかけるときは、しゃがんで目線を合わせるように。難しい言葉を使って、優しい声色を心掛けるように。
でも、ずっとそうやっていると足や首は疲れるし、ため息の一つだって吐きたくなる。どんな人物でも、朝から晩まで教育場の一年生の教室に閉じ込められたら嫌になるのと同じだ。だからこそ、木陰にできる小さな空間――まるでそこだけ隔絶された世界のようになる――は、まさに彼にとって楽園だった。そこの住人は彼と、その妹。彼と同じ目線で、同じ言葉で話すことができる妹の存在は教育場での彼の救いだった。
それから数年後、彼は順当に才人として叡智の門に入り、妹もまた、同じように門をくぐった。
そして数年後、妹は棺に入って門から出た。
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 5人がお気に入り
お気に入り作者に追加
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
