拓 ページ15
「何なんその完全な戦闘態勢。大勢相手に一人で何するつもりなん」
「足止めくらいはできるだろうさ。嫌がらせの方が得意なんだ」
ヒビキはそう返したものの、歯切れが悪かった。
ああ多分「残る」以外の手段を知らないんだろうな、と日芽は少し笑う。一歩踏み出してみたはいいものの。馴れないことはするものではないのに。しかもこんな局面で。
「ばーか。一歩踏み出した。嫌がらせをした。じゃあ後やることなんか一個しかないわ。――逃げるだけじゃ、最後まで向き合う義理なんか誰にもない」
まさか、自分が教えられることがあるとは思わなかった。
「そんな時間」
「作ってきた。拠点予定地をこんなに破壊された今、これから政府軍にできることは一個でもこちら側の情報を集めることじゃろう。だから一個大きい情報を教えてあげてきたわ。あたりが無音になる爆弾」
と言っても何ということはない。事前に仕掛けておいた罠が人の感知や時間などによって起動する前に日芽が能力を使って音を消しただけだ。しかし彼らに日芽の姿は見えていないため、そこに残るのは「音」という大きな情報が奪われたということと、その直後に何らかの罠が起動した、ということだ。何か奇異なことがあると、人間は周辺事項をなんでも関連付けてどうにか説明したくなる。しかもそれが何度も起こるのだから、「連合には音を消す新兵器がある」という物語が彼らの頭の中に浮かび上がるのにそう時間はかからないだろう。そこまで行かずとも、「いつ音が消えるか分からない」という情報は彼らの頭を圧迫する。動きは多少鈍くなるに違いない。
「まあそこまで時間ができてるわけやないんじゃけど。この時間すら惜しい。ほら」
ああ、と返事をした彼は他の何かに気を取られているようだった。日芽が先に小走りに動き出す。それよりお前、とその背を追いながらヒビキは言った。
「その声、どうした」
そんなの、と言い返そうとしてはっと日芽は思い出した。そうか、能力の代償を彼は知らないのか。
「別に。ただ枯れただけ」
けれど、馬鹿正直に言ったらその後の展開は目に見えている。そんな時間も惜しい。言わなきゃいいんだ。そう、最初からそうすればよかった。いや、最初からはできないけど。もう、大人なんだし。全部を正直に言わなくてもいい。たまには嘘も必要だ。
なんだ。こんな簡単なことも私は、分かっていなかったのか。
喉の奥にあるざらついた感覚は飲み込む。彼女は振り返らなかった。
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