＊ ページ13
「その指揮官が底なしのアホの可能性は？」
「底なしのアホなわけがないだろうがウグモリ先輩が！」
名前が出た途端、やっぱりか、と日芽の顔は苦虫を嚙み潰したように歪んだ。
そして偶然にも、目の前の青年も同じ表情を浮かべていた。自分だって、あの場に残したくなかった。それが許されないなら、残りたかった。あの人はあんな場所で無為に傷ついていい人じゃない。死んでいい人じゃないということは、言うまでもない。
そう彼女を睨みつける彼の前にす、と手で方向が示された。
「真っすぐ三十メートル。その後は木に巻かれた紐を辿って進んで。そして避難民三人を確実に安全な場所へ送り届けること」
「はあ？ 何で俺が」
「そして私は残留戦闘員を回収してその後を追う。分かった？」
「役割が反対では？」
「お前が言ったところで捕虜か死体が一個増えるだけなんは目に見えとる。――ああ、私は命令なんかせんよ。ただこれは個人的なお願いと約束。――絶対生きて帰らせる」
真っすぐに目を見据えて彼女は言った。
「絶対、何て軽々しく言えるなんてお気楽でいいですね」
「そりゃもちろん。こっちはそちらと違って逃げ続け、隠れ続けの歴史やし」
少し歯切れが悪くなった皮肉に、畳みかけるように日芽は言葉を重ねる。一度視線を下げた後、青年もまた真っすぐに彼女を見た。
「信じたわけではありません、合理的判断をしたまでです。しかし、契約と言ったからにはお忘れなきよう」
そうして、彼は彼女とすれ違うように赤子の母の肩を支えるようにしながら歩き出した。もう彼が振り返ることも、隣を歩く者への励まし以外で声を上げることはない。
それは彼女も同じだった。ふ、と一つ息を吐くと、胸の中に一つ言葉が残る。
ふざけんな。
それは先ほどまで話していた青年にではなく、一人の、たった一人の、この世にたった一人の、ヒビキ、という名の人間に向けられていた。
何も言ってないくせに。何も話していないくせに。説明もせず、分かってほしいとも言わず、分かりたいという気持ちは蔑ろにして、最後に全部投げ出してあたかもいい雰囲気であるように体裁だけ整えて終わるのはさぞかし気持ちのいいことだろう。
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 5人がお気に入り
お気に入り作者に追加
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
