. ページ3
.
「ゆずるさん、稲田さん」
通りかかったマネージャーに声をかけられて、我に返った。
「そろそろ始まりますよ。ご準備大丈夫ですか？」
「あぁ、うん」
「大丈夫。もう行くわ」
行くって、どこに？
自分で言っておいて、意味がわからなくなる。
今俺が本当に行きたいのは、照明が煌々と輝く華やかなスタジオなんかじゃなくて、Aがたったひとりで待つ、通い慣れたあの小さなワンルーム。
今すぐ行きたい。
今すぐ行って「ごめん」と、まずは謝りたい。
次に、俺がどれだけAを愛しているか、Aとのこれから先のことをどれだけ真剣に考えているか、誠心誠意、弁明したい。
それから、渾身の「だから、捨てんといて」も。
「...あのさ、」
「はい？」
「瞬間移動の呪文、知らん？」
俺を見て、稲田が不思議そうな顔をする。
「今すぐ行かなあかんところが２個あんねん」
仕事も恋も。
どちらも得るにはたぶん、魔法でも使わないと無理だ。
Aを失ったら、きっと仕事も失うだろう。
Aの存在は、俺にとってそれくらい大切な、すべての原動力。
仕事が終わってからなんて、間に合わない。
こんな気持ちで身が入るわけもない。
瞬きをした次の瞬間には、俺への気持ちも冷めきっているかもしれない。
女の心は、ナマモノみたいなものなのだから。
「...呪文、ですか」
少し考えるように押し黙った後、意を決した表情で稲田は言った。
「ビビデバビデブー」
「...なんなん、それ」
なんか聞いたことあるけれど、たぶん、おそらく、絶対に違う。
ていうか、そもそもそんな呪文なんてない。
なのに一瞬、イチかバチか、本気で唱えてみようと思ってしまった。
fin.
.
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 283人がお気に入り
お気に入り作者に追加
この作品を見ている人にオススメ
この作品を見ている人にオススメ
「芸人」関連の作品
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告感想を書こう！(携帯番号など、個人情報等の書き込みを行った場合は法律により処罰の対象になります)
えむ(プロフ) - HanNAさん» こちらこそいつもありがとう☆また来年もよろしくです！！ (2021年12月31日 8時) (
レス) id: 811416b436 (このIDを非表示/違反報告)
HanNA(プロフ) - えむちゃん、いつも素敵なお話ありがとうございます！よいお年をお迎えくださいー (2021年12月29日 1時) (レス) @page26 id: ea9d2e9102 (このIDを非表示/違反報告)
えむ(プロフ) - みかみかさん» コメントありがとうございます☆あー、良かったですー。喜んでいただけて、ほっとしました^_^ いろいろ想像しながら書くのが楽しかったです☆こちらこそ良い機会をありがとうございました。是非またどうぞです☆ (2021年11月6日 20時) (レス) id: 811416b436 (このIDを非表示/違反報告)
みかみか - 早速読ませていただきました！！もう最高でした！キュンどころじゃないですズッキュン心ぶち抜かれました（笑）えむさんの言葉選びほんとに好きです！素敵なお話ありがとうございました(T▽T) (2021年11月6日 6時) (レス) id: b0f25e0f76 (このIDを非表示/違反報告)
みかみか - えむさん» はい！もちろんゆっくりで大丈夫です！読んだ後感想も書かせて頂きます！素敵な作品お待ちしてます！ (2021年11月1日 23時) (レス) id: b0f25e0f76 (このIDを非表示/違反報告)
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名：えむ | 作成日時：2021年9月19日 22時
