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「────────来た来た」
扉を開けた瞬間に濃くなる甘美な桃の香り。
ぎゅう、と心臓が締め付けられて、彼の事しか考えられなくなる。
必死に理性を保ってその場所に足を踏み入れた。
身体がそこから動く事を許さずに、恍惚とした笑みを浮かべる相手を視線で捕える。
「今の日夜さんの気持ち当ててあげようか?」
ねっとり絡みつく様な視線を私に向けながら、彼が近付いてくる。
いつもなら逃げ腰になる私も今日はどうしてかその視線に絡め取られるまま相手の言葉を待っていた。
「何ヶ月も放置しててごめんね、今すぐなるせの身体食べたいの。食べたくて、食べたくて仕方ないの」
女の子顔負けの、ぶった声とその台詞、噎せ返るフェロモンがあわさって、胸焼けを起こしそうだ。
『へえ、あとは?』
「…随分挑発的じゃん」
『早く言えよ』
相変わらず薄暗い空き教室に2人の声だけが響く。
「こっちのペースに乗せられるのは癪だから、上手にお強請りできたら食べてやるよってとこかな」
『…よくわかってんじゃん』
あらきさんの家で話してから、私は何ヶ月か学校に行かなかった。
めいには体調が良くないから、とまた嘘をついて。
行かなかった理由は明確、李依なるせと接触したくなかったから。
数ヶ月彼のフェロモンにあてられなかったはずなのに、彼とはまだ番にはなってないはずなのに、彼の香りを、甘い体液を忘れることが出来ないどころか日々鮮明に思い出してしまっていた。
「…機能障害って、永遠にヒートが来ないタイプも居れば、特定の人にしか反応しないタイプもいるってしってる?…もうわかってる通り、俺は後者。この言葉の意味、わかってるよね」
少し手を伸ばせば触れられる距離まで詰められた間隔。
私は彼の腰を此方に抱き寄せて、唇を食んだ。
“ 逃がさない ”
これはどっちが呟いた言葉?
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作者名:弥雲 | 作成日時:2021年9月24日 11時