嘘 ページ38
『冨岡さん、行くよ』
冨岡さんの部屋に呼びかける。
怪我が全治して間もなく、私は退院していつものように出勤するのだが
『遅れちゃうよ…まぁそんなに遅くないけど』
聞こえてるのかな、聞こえてないのかな。
『じゃあ、行ってくるね。また職場で』
無機質なドアに私の声は遮られ跳ね返る。
インターホンを鳴らす気にもならず、足を進めた。
あんなにストーカーまがいの付き纏い行為をしていた冨岡さんは、あまり私と行動を共にしなくなった。
なんとなくこうなるとは思っていた。
意味がないから。
『冨岡さん、残業あるの?手伝うよ』
「ありがとう…だが、迷惑にはならないか?」
『ならないよ』
こんなにただの付き合いになるんだなあ。
部屋は隣のままだし、職場も一緒だから顔を合わせる頻度は高いけど、前に比べたら冨岡さんも奥ゆかしいというかよそよそしいし…
…本当に、それだけの関係だったのかなあ。
『人違いだったら、どうするの?』
「ん?」
『大正時代だっけ。その時の冨岡さんも、私の名前すら知らないんでしょ。
…別にどっちでもいいんだけどさ、私じゃなかったらどうするのかなって』
どっちでもいいわけはなかった。
「それは…」
『すまなかった、だけ言っていなくなっちゃいそうだね』
勝手な人だから。
「分からない」
『そうだよね…変なこと聞いてごめん』
パソコンの電源を落とす。
鞄を持って立ち上がる。
「帰るか」
『うん』
他愛もない話を続けていた。
関係は、変わっているのか変わっていないのか分からない。
マンションの前で冨岡さんが言った。
「…やっぱり、先に帰ってくれていた方がよかったな」
『え?』
「こんな時間になってしまうし…申し訳ない」
ああ、冨岡さんは何にも分かってない。
『何その言い方。
冨岡さんは無理にでも手伝うくせに』
「それは…」
『私、どうでもいいんだよ。過去とか後悔とか。
…けど、私と居る理由はそれが全てだったんだよね』
どうでもいいなんて、思いたくなかったけれど
過去に縛られるのはもっと辛い。
『今は、もう迷惑でしかないか』
わざと軽々しい言い方をしてみる。
精一杯の強がりだった。
「違う…」
『いいよ、私だって迷惑だったもん』
振り返らずに歩き去った。
嘘ってことくらい簡単に分かるはずだ。
ごめん、善逸。うまくできなかった。
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いのり(プロフ) - 義勇と杏寿郎推しさん» 最後まで読んでくださってありがとうございます!締めが善逸くんですいません(笑)これからも夢主ちゃんをよろしく頼みます!よかったら他の作品も応援お願いしますね! (2021年11月6日 20時) (レス) id: c234760d5a (このIDを非表示/違反報告)
義勇と杏寿郎推し - 我妻…、(何でお前が最後で締めるんだ…)?完結おめでとう…。次は、誰の書くんだ…?良かったぞ。これからも夢主と仲良くするつもりだ。冨岡義勇だ。これからも頑張ってくれ。 (2021年11月6日 15時) (レス) @page42 id: e9e5935c56 (このIDを非表示/違反報告)
義勇と杏寿郎推し - なんて言う悲しい匂いだ…。本当に人違いですかね?俺の鼻は人違いでは無いって言ってます。竈門炭治郎です。続き楽しみにしています。 (2021年10月20日 7時) (レス) @page32 id: 38350d71b2 (このIDを非表示/違反報告)
いのり(プロフ) - 釜さん» ありがとうございます!とても励みになります♪これからも応援いただけると嬉しいです! (2021年9月18日 8時) (レス) id: c234760d5a (このIDを非表示/違反報告)
釜(プロフ) - こんばんは!ほんわかしたお話で、描写も綺麗で好きです! (2021年9月17日 21時) (レス) id: e08aae1730 (このIDを非表示/違反報告)
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