アヤメのハンカチ 4【煉獄杏寿郎】

163.彼女が出掛けた先は ページ13

「千寿郎、Aは買い出しか？」

　俺が問うと、千寿郎は目を丸くしてこちらを見た。

　なぜ、そんなにも驚く？


「Aさん、兄上に伝えていなかったのですね。」

「何のことだ？」


　千寿郎は伏し目がちに湯呑みを眺めながら口を開いた。


「Aさん、今日から刺繍工場に働きに出ています。
　
　音柱様の紹介のようで、人手が足りないからしばらくの間

　お手伝いで行かれるようです。」


「刺繍工場…そうだったのか。」


　知らなかった。

　そうだよな。俺に知らせなくとも…もう関係ないのだから。

　自分から断ち切ったのだから。


　冷え込んだ空気が居間に入り、心の隙間を通り抜けていく。

　それが酷く痛みを伴って、苦しい。


「さて、任務があるからそろそろ出立する！

　父上は…」


「父なら酒を買いに。」


「そうか。すまないが家を頼むな、千寿郎。」


「はい。…あ、兄上。

　Aさんに会わなくて良いのですか？もうすぐ…」


「急ぎの任務でな！また近いうちに来る！」


　俺は立ち上がると日輪刀を携えて玄関を出た。



　気づけば外は薄暗くなっていた。

　もうすぐ夜がやってくる。


　夜は鬼が出る。


　刺繍工場からの帰り道、大丈夫だろうか。

　鬼でなくとも、変な男に捕まりはしないだろうか。


　Aは"平気"だなんて言うのだろうけど、

　全然平気なんかではなくて…


　彼女は分かっていないんだ。

　自分がどれほど魅力的なのかを。


　Aは素敵な人だから、

　素敵な人と共にこれからの人生を歩んで欲しい。

　強くて、優しくて、頼り甲斐のある男と。




　そんな心配をしながら門をくぐると、

　ちょうどAが帰ってきたところだった。


　隣には背丈の高い男性が立っている。

　誰だ…？


　歳は俺よりだいぶ上のように見える。

　落ち着いた雰囲気と優しい顔に安心感を覚えるような

　そんな人だと思った。

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