アヤメのハンカチ【煉獄杏寿郎】

41.抱く感情 ページ41

「…A」



「はい？」


　俺の声色から真剣な話だと悟ったのか、

　Aも真面目な顔つきになる。



「本当に何もされていないのだな？」


　あたり一帯が無音になるような感じがした。


　この二人の間の静寂は時間にすれば

　本当に一瞬だったかもしれないが、

　俺にはとても長い時間に思えた。




「…触られはしましたが、


　何もされていないです。」




「そうか…。すまないな、怖かったよな。

　俺はあの時、君が他の男に触れられるのを見て、

　心の底から怒りが込み上げてきた。

　誰にも触れさせたくない、守りたいと…。」



　思わず膝の上に置いた拳に力が入ってしまう。



「…このような感情は初めてで、

　 俺もよく分からないのだが…。」



「…はい。」



　遠くの方から蝉の鳴き声だけが部屋に響く。



　Aに抱くこの感情はなんだろうか。

　暫し考えを巡らせる。






「…あれだな！きっと！

　美しいものを汚されたくないという感情だな！」




「は、はあ…」



　Aは何故か拍子抜けしたような返事をした。

　

　そうだな…


　守りたいもの…


　家族…


　そうか！




「君は煉獄家で預かっている大切な人に変わりはない！

　妹のように愛おしく思う！」


　俺がそう彼女に告げると、

　表情をコロコロ変えながら何かを考えている様子。




　その様子を見ながら

　今目の前に彼女がいることにすごく安堵し、

　俺は思わずAを抱きしめた。
　



「…無事で良かった…。」


　俺の腕に収まってしまう小さな身体が


　その温もりが


　確かにAがここにいることを示している。




「煉獄…さん？」




「杏寿郎…」




「はい？」



「杏寿郎と呼んでくれ。この家は皆、煉獄だ。」





「…杏寿郎さん。」





「いい子だ。」





　そっと額を撫でると、


　彼女は猫のように目を細めて、気持ちよさそうに微笑む。



　何度か額を撫でているうちに


　Aはウトウトし始めて、俺に寄りかかってきた。




　しばらくすると寝息を立て始め、眠ってしまったようだ。




　このまま少し寝かせてしまおう。

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