第93話「太宰さんと…」中島敦 ページ50
「只今戻りました。」
僕が谷崎さんに事務仕事を教わっていると、社の扉が開いて一時間程前に見回りに出掛けたいろはちゃんが帰ってくる。
……すると、国木田さんに監視され文句を云いながら報告書を作成していたらしい太宰さんは、いろはちゃんが帰ってきたのに気付くと走っていろはちゃんに抱きつく。
「わっ、太宰さん!?何して……__」
「いろは〜、聞いてくれよ!国木田君がね、私の事虐めるのだよ!!」
少し困ったような顔をした後、いろはちゃんは微笑んで太宰さんの頭を撫でる。
その様子を見ていた僕は、心に暗雲が広がっていくのを感じる。
「誰が虐めただと!?俺はお前がちゃんと書くように監視をだな……。」
「虐めの加害者は大抵自覚が無いのだよ、国木田君……。ねぇ、いろは?そうだよね?」
「まぁまぁ……国木田さん、ここは私に任せて下さい。太宰さん、賭けをしましょう?」
「……賭け、かい?」
いろはちゃんに抱きつきながら国木田さんを睨んでいた太宰さんは、その言葉にぽかん……とした顔になる。
「はい。私も別の件についての報告書を書かないといけないので……先に完成した方の勝ちで。勝った方のお願いを、負けた方は一つ聞くということでどうでしょう、太宰さん?」
「……何でも?」
「えぇ、何でも。」
「……好いね、そうしよう!」
にっこりと笑う太宰さんに、いろはちゃんは優しく微笑んでいる。
「……ほんと、恋人同士みたいなのに付き合ってないンだから、ボクも不思議で仕方ないンだよね……。」
谷崎さんはさっきより早くタイピングする太宰さんと、いつもより気持ちゆっくりとキーボードを叩いていくいろはちゃんを見ながら、そう云い、それからふと思い出したように僕に問いかけた。
「……そういや敦君、さっき厭そうな顔してたけど……いろはちゃんのこと、好きなのかい?」
「……え?」
僕はその問いに、ただ固まる。
「……僕が、いろはちゃんを?」
「う、うン……そうなのかなッて思ッてたンだけど……あれ、もしかして違ッた?」
「判らない……です……。」
俯いてそう答える僕に、谷崎さんは驚いた様な顔で僕を見ていた。
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作者名:業猫 | 作成日時:2019年6月13日 11時