第61話「想い人(太宰治編)」太宰治 ページ12
「長居すると見つかっちゃうので私、そろそろ行きますね……あ、その前に拘束具、付けておかないと。」
そう云いながら、カチャカチャと音を立てて私の手首に拘束具を付けていくいろは。
必然的に距離も近くなっていろはの匂いが鼻をくすぐり、思わず脈打つのが早くなるのを感じる。
……駄目だ。
いろはは、私を兄の様に、父の様に想ってくれているのだから。
私が“其れ”を壊してはいけない。
彼女は、私を心の拠り所として……絶対の信頼を置いてくれているのだから。
それが崩れた時……いろはを完全に失ってしまう。
そんな予感がするから。
……ならば、せめて＿＿
「いろは。私から……離れていかないでくれ給え。私は、ずっと……いろはと一緒に居たいのだよ。」
「……急に何言ってるんですか、太宰さん。当たり前でしょう。というか、いつも云ってますけど一緒に居たいなら自i殺を試みないで下さい。」
私の言葉に、照れたように頬を少し染め、ふいっと顔を逸らしたいろはに、私は愛おしくて堪らなくなって微笑む。
「……そうだね、善処するとしよう。」
「絶対にしないって云わない辺り、流石太宰さんですね……。あ、それから……早ければ今日にも戻ってくるらしいですよ。」
「……誰が？」
「中也さんです。」
私は、その名に顔を顰めた。
想い人から他の男の名が出るだけでも腸が煮えくる思いなのに何故私と同様の敬意を払っている中也は下の名で私は苗字なのだろう。
「……そんな嫌そうな顔しないで下さいよ……別に確実に来るわけじゃないですし。……まぁ99％来るでしょうけど。」
「それほぼ確実だよね、いろは……それにそういう事ではないのだけれど……。」
私の言葉に、いろはは首を傾げた。
その何気ない仕草が可愛らしくて、愛おしくて、私の中で愛が……好きが溢れる。
溢れていく。
「其れでは見つかると厄介なのでそろそろ失礼します。……助けに、来てくださいね、太宰さん。」
「勿論だ。」
寂しそうに笑ういろはに心をまた奪われながら……それを悟らせない様に、笑い返す。
……私は演技は苦手だ。
いろはの、前でだけは。
けれど……この気持ちを隠すのだけは、無駄に上手くなってしまった。
番外編「太宰さんの誕生パーティー・１」→←第60話「悲し気な」夢主
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作者名：業猫 | 作成日時：2019年6月13日 11時
