「私がここにきた理由」 ページ15
「あ、れ」
またここだ。真っ暗闇の中、一人で立ちすくむ。
私は何をしていたんだっけ。夜ご飯は鶏肉とブロッコリーの炒め物で、寝る前に明日の英語の予習をして、
「(…そうだ)」
今私は、きっと夢の中にいる。あの人が近くにいる。
「ゴースト、なの?」
数秒置いて、「ああ」と返事が返ってきた。相も変わらず暗闇はどこまでも広がっている。この前と同じぶっきらぼうな声は、紛れもないゴーストのものだった。
「今日は、この前の続きを話しに来た。
…どうして、君がこの世界に来たのかを」
抑揚のない静かな声。時を逃すまいと、彼が話す前に切り出す。
「ねえ、その前に教えて。私がこの世界に来たのは、あなたの仕組んだことなの?」
「…違う」
やっぱり最初に言っておいた方がいいよな、とゴーストは早口で呟く。
「君は俗に言う『トリップ』ってやつをしたんだ」
「…トリップ、」
旅行という意味を持つ単語だけど、あまり良い意味で使うイメージのない言葉だ。顎に手をおいて考える私に「薬の方じゃないからな」とゴーストは言う。
「パラレルワールドってのは分かる?ある世界から分岐して広がるいくつもの別世界、並行次元ってやつ」
「うん…聞いたことある、かも」
「ビッグバンが起こって宇宙が出来上がってから、137億光年。こんだけ長いこと続いてれば、分岐なんて無限に広がるんだ。けど、本来あるべき時間の流れ…『正しい世界』ってやつが、大きな軸としてまっすぐ進んでいく。
その正しい世界の中で…君と弟は、死ぬことが決まっていた」
「…そうだったんだ」
「そういうものなんだ。誰がいつどこで生まれてどうやって死ぬか。そういうのは全部決まってて、全部必然なんだ」
ゴーストは「…続けるけど、いいか」と言った。あえて事務的な言い方をしているように聞こえた。何も言わずに小さく頷く。
「…ところが、増えて広がり続けた分岐線…パラレルワールドは、ごく稀に正しい世界すら捻じ曲げるときがある。その結果が君だ」
「わたし?」
「ああ。君が死ぬはずだった『正しい世界』と、君が生き続ける他の『間違った世界』。ぶつかりあって不安定になった結果、君は死んですぐ世界からはじき出された」
世界から、はじき出された。
「(まるでいらなくなった玩具みたい、)」
自嘲する間もなくゴーストは続ける。私の思考はずっと冷静なままだった。
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作者名:飯 | 作成日時:2021年9月2日 22時