僕らの世界が終わる頃 -The finale of our world ｰ (ページ8)

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第7話　ページ8

犯人に刃物の柄で殴られ、ふらつきながら柵を掴んだ時…綾の目が思いがけないものをとらえた。遥か下の方で、こちらに向かって走ってくる人影がある。
詩織だ。ものすごい勢いで地上を走る詩織の姿が遠目で見える。綾が犯人をおびき出そうとして、今夜自らを囮にしたことに気づいたのだろう。音を立てて血の気が引いた。
だめだ。ここに上がってきてはいけない。詩織までもが殺される……。
綾は眩暈を覚えながらも身を乗り出し、遠い地面に向かって叫んだ。

綾「来るな…！」

しかし声は夜風に遮られ、距離のある詩織のところまで届かない。必死に手を振るが、頭上にいる綾の姿に詩織が気づく様子はない。
このままでは、詩織まで巻き込んでしまう。自分のせいで彼女を犠牲にする訳には断じていかなかった。
苦痛と恐れに顔を引きつらせながらも、綾は、刃物を手にじりじりと迫り来る犯人を睨んだ。それから自分の背後を見やる。
柵の向こうは何もない空間だ。ここから落ちたら、おそらく命はないだろう。
冷たい汗が背中を伝った。追い詰められた綾はやがて意を決し、背後の柵に手をかけた。無様な格好でどうにか柵を乗り越え、向こう側の、ほんの数センチのスペースを足場にして立つ。
足の下には、真っ暗な闇が広がっていた。見下ろすと、地面ははるかに遠い。風に髪をさらわれ、大きく喉が上下した。殴打された頭が信じられないくらいに痛い。柵を握る手が汗で濡れ、微かに震えていた。
必死で自分を奮い立たせる。ここから逃げるのだ。どうにかして下に移動し、詩織に伝えなくては。
わずかなスペースを横に移動しながら、必死に足がかりになるものを探していると、柵越しに至近距離で殺人鬼と視線が合った。昏い光を宿す眼が、明確な殺意を浮かべて綾を捉える。刃物がついの光を受けて鋭く光った。綾は、息を飲んだ。
ずっと下の方から綾を呼ぶ声が聞こえる。あれはきっと詩織の声だ。頭上にいる綾の存在に気づいたのだろう。来ちゃダメだ。早く、早く逃げて。
次の瞬間、目の前に刃物が迫った。凶器が心臓を刺し貫こうとする直前、綾の手から柵から離れた。無ほうびな体が、まるで人形のように何もない空間に向かって放り出される。絶叫が夜に吸い込まれた。
夜の静寂を切りさき、直後に鈍い墜落音が響く。

閉じた箱庭の中で永遠に眠ることとなった哀れな少女を見下ろしながら、この時、犯人だけが知っていた。

…………………この町で、再び惨劇が始まったのだということを。