カラット＜yb×hk＞

８カラット ページ28

…



「いきなり独り芝居っ!?ハードル高っ！」



声が近い。うるさい。集中できない。
脚本家らしく机にかじりつく俺の首に、風呂上がりの
ひかるが後ろから巻きつき、膨れた体重を乗せてくる。

今夜はユズの入浴剤を使ったらしい。



「初舞台なんだから。
そんくらいインパクトあった方がいーんだよ」
「そーなのかなぁ…」



ひかるのデビュー公演に向けて脚本を書き始めたのは
今朝のことだ。
春の小川のようにさらさら、と流れてくるシナリオや
台詞を逃がさないよう、原稿用紙に閉じ込める作業は
それはそれは瑞々しいものだった。

こうしてすっかり日が暮れてもなお、筆が止まらない。



「てか、なんで今どき手書きなの？」
「俺そんなタイピング早くないから。
追っつかねーの」



シャーペンを鼻の下に挟んで、口を尖らせ、ひかるの
立ち姿をなんとなし眺める。
着古した上下グレーのスウェット、伸びてきた前髪を
ねじりあげたクリーム状の角がモンブランを思わせた。



「お前暇だったらさ、
あのコート着てきてくんない？」
「……コートって？」
「ほら、出会った日の毛皮のコート」
「……なんで？」



イメージ膨らみそうだから、とシャーペンを指で回す。
ひかるは、まだ仕事するの？と訝しげな顔をしながら
口先だけで「はぁーい」と返事を寄こし、ベランダに
出ていった。

今のうちに、とペンを走らせる。



*.+ﾟ





「気づかないとかひどくない？」





過集中という名の音のない世界に、飛び込んできた
挑発的な声が、顔がくっつくほど原稿用紙にかじり
ついていた俺を振り返らせた。

ひかるは毛皮のコートを着て、ベッドの縁に腰かけ
白い足をゆらゆらさせている。



「お前ズボンは？」
「出会った日のかっこーって言ったじゃん」



これが見たかったんでしょ？やぶのえっち。
ひかるはそう言って四つん這いになると、小ぶりな
ケツを明るい電気のもとに晒し、左へ右へと振った。

正直見たくなかった。仕事が手につかない。



「あんまり誘惑すんなよ……
お前のための脚本なんだぞ？」
「んっ…でもっ……息抜きも必要でしょ？」



触れるか触れないかの微妙なタッチで尻を撫で回すと
ひかるの腰が糸でつられたようにくつくつ、と浮いた。
ひとの仕事の邪魔をしておいて、当の本人はこっちを
見ながら嬉しそうに口角をあげている。

いい加減、お灸がすえた方が今後のためかもしれない。





「ひかるはこんなんじゃ物足りないだろ？」
「…うんっ」
「もっと酷くして欲しい？」
「…うんっ」





ぺちんっ――！！
「イ、ったい…っ！！」





…

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