カラット＜yb×hk＞

＊ ページ22

…



「ほんとのこと言ったら、お前油断するだろっ」
「っ、……ほんとのことってっ？」



ひかるの鼻をつまんで、キッチンへ逃げた。
部屋に立ちすくみ俺の答えを待つ恋人を尻目に、冷蔵庫の
水をひとくち、ふたくち、喉に流し込む。

ホントの気持ちを言葉にしたら、俺まで油断しちゃいそう
だから。





「……内緒。
ウチの劇団入れたら教えてやるよ」





それから数日後。俺は稽古場に劇団員を集めて、ひかるの
ことを話した。

薮がそこまで推すなら、と歓迎ムードにほっと安心するも
半端な奴ならお断りだという厳しい意見も飛び交っていて
ひかるの頑張りを思うと、喉がヒリヒリ渇くような緊張を
覚えた。

お披露目は１週間後に決まった。





「あいつ今頃なにやってんだろうな…」





同期の桜が何の気なしにこぼした疑問。
辞めた主演との思い出話は焼けぼっくいに火がつくように
プスプス、燻って広まり、俺はその場にいられなくなって
稽古場をあとにした。

猫一匹いない帰り道。月明かりがしょぼくれた影を伸ばし、
強がりな俺にほんとの俺を見せつけてくる。







”このシーンなんだけどさ、、
もっと照明華やかにできないかな？”







芝居の演出ことなら、ふたりで何時間でも話していられた。







"おれ、一生懸命がんばるからね"







そう言っていつも通り笑った翌日に、理由も告げず舞台を
降りた親友。

ショートケーキの苺みたいな奴だった。
誰が見ても主役以外にはなり得ない。真ん中が１番似合う
役者だった。

あんなに好きだった舞台を去った理由が今でもわからない。







"じゃあ、また明日ね"







"薮ちゃんっ"







*.+ﾟ







「……やぶ、口に合わなかった？」







ひかるの困り眉にピントが合って、我に返った。
あれからもう何日も経つのに、同じシーンばかりが脳内
再生されてしまう。



「ごめん、ボーッとしてたっ…」



全部美味いよ、と、あわてて付け足し、おでんの大根を
切らずに頬張った。上顎が火傷しそうでも黙って耐える。



「……明日が心配？」



不安にさせたくなくて首を横に振ると、
ひかるが突然、正座で座りなおすから、俺も真似をした。

明日はいよいよ、劇団のオーディションだ。





「おれ、一生懸命がんばるからね」





気づいたら抱き寄せていた。

よくある台詞、ただの偶然。
それでも、胸の古傷は熱を持って俺に抗議する。





「一緒に頑張ろうな…」





今度こそ、絶対に離すな＿＿＿。
その日はひかるのリクエストに答え、手を繋いで眠った。





…

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