カラット＜yb×hk＞

＊ ページ11

…



ひかるはダイヤモンドとまではいかずとも、全てが
なめらかに変わってきている。

滑舌や表情だけじゃなく、指先の動きまで一丁前だ。



「あのでっかい紅茶の樽に忍びこんでさ、
海の向こうに行くんだよっ」
「目の前に波止場があると思って」
「……ハトバって何？」
「あー、写真ないか調べてみるわ」



ひかるに必要なのは、色んな世界や時代をイメージ
する訓練、ここにないものを肌で感じる訓練、
ひいては、より多くのものを目や耳や、鼻で感じて
吸収することだ。部屋にこもっていたら限界が来る。



「明日はどっか出かけよ」
「え？遊びに行っていいの？」



冷蔵庫をひじ掛けにして、「頑張ったご褒美な」と
格好つけてみる。ひかるはポテポテ駆け寄ってきて、



「え〜…楽しみ〜…」



と、嬉しそうにうつむいた。
胸の内っかわがポップコーンみたいに弾けて痛くて
まだどこ行くか言ってないけど、と、つい意地悪が
口をついて出てくる。



「どこ行くかよりも、誰と行くかが大事なのっ」



おれはね。
ひかるはそう付け足して、また「え〜楽しみ〜」と
同じように喜んだ。

また１から胸がポップコーン。映画もいいなと思う。
いや、デートじゃねぇんだから、ともう１人の俺が
ツッコミを入れた。

今日に限ってひかるは全然、また明日、と言わない。





「……ぁ…」





黙ってそっと唇を近づけた。
ちいさいあごに指を添えて、僅かに顔をかたむけて、
ちょっと焦らすと、ひかるがふわっと目をつむった。

これはもうそれっぽいっていうか、正真正銘の＿＿。





ちゅ…。





薄暗い台所、冷蔵庫がうなる。
もう離れろって言ってんのに唇が言うことを聞かず、
ひかるがふぅっ、と鼻から吐いた吐息が肌を滑った。





すり…。





唇を擦りつけられる感触に鳥肌が立って、あわてて
顔を離す。

間近で見たひかるの瞳の中には光の環が浮いていて
油断したら吸い込まれそうで怖い。
ひかるは自分のつま先に視線を落として、うぶな女
みたいにモジモジしている。





「おやすみっ…」





目も合わせないで、行ってしまった。
踏んだところ全部に花でも咲かせそうなステップで
ベランダに出てガラス戸も閉めずに行ってしまった。





「……はぁっ、…」





帰したくないって気持ちが一瞬、頭をかすめた跡が
残像みたいにチラつく。

ベランダに出て、鉄くさい手すりにもたれ、煙草に
火を点けた。

ひかるを海に連れて行ってやりたい。波止場に響く
あの独特な音を聞かせたい。ひかるの喜ぶ顔が＿＿。





「……はぁっ、……やめとけ、あほ…」





…

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