( あんず色のよすが )

・ ページ18

・







他人の家のお風呂に入るのも、洗面所に立ってうちのと違うドライヤーで髪の毛を乾かすのも落ち着かなくて、

空気の温度とか匂いとか音とかいろんなものに敏感になっているように思えた。



ドライヤーをターボに設定して髪の毛に当てると、適度に手を動かしながらぼんやりと鏡の中の自分を見る。

おでこが広いのと耳が赤いのが幼く見えて嫌だけど、睫毛がまっすぐの丸い目とちいさくてちんまりした鼻はママに似てるってよくおばあちゃんに言われた。

ママは自分の母親ながら綺麗なひとだと思うから、ママに似てるって言われるのはわたしにとって褒め言葉だ。



室内に立ち込める湿気と嗅ぎ慣れないシャンプーの香り。

首にかけたタオルからは洗いたての洗剤と日光のいいにおいがした。

制服で寝るのは嫌だろうからって、貸してくれたスウェットのトレーナーとズボンは当たり前だけどおおきすぎて、袖は三回折ったしウエストの紐もたくさん絞って結んでる。

誰かの家に泊まるのなんて、いつぶりだろう。それにここは、親しい誰かじゃなくて今日初めて話したひとの家。




忠義さんの家は三階建てのアパートの二階で、一階はクリーニング屋さんになっている。

建物の見た目は古そうだったけど、ドアを空けると綺麗で、広くて、清潔感のある空間だった。

わたしが勝手に想像していたひとり暮らしの男のひとの家と、ちょっと違う。




忠義さんは、寒いからってすぐにお風呂にお湯を張ってくれて、手際よく着替えとタオルを出してくれた。

カッコいいからモテるんだろうし、女のひとを泊めるのに慣れてるのかもしれない、なんてちょっと思ったりした。



もちろん、警戒心とか不安がなかったわけじゃない。

いくら親戚にあたるひとって言っても今日初めて会ったに近い、若い男のひとで、そのひとの家にひとりで泊まるなんて普通に考えたら危険だし、もしかしたら乱暴されるかもしれないとかそういうことも頭を掠めた。



でも、なんとなく、なんの根拠もないのに、信頼できるひとのような気がして。


愛想が悪いわけじゃないけど特別良いわけでもなくて、妙に距離があって冷めている感じがするけど口調はずっと穏やかだし親切で、正直まだあんまりどんなひとなのか掴めていないのにそう思った。




わたしはカチッと音を立ててドライヤーの電源を切るとコードを抜いて、元通り洗面台の上に置く。


鏡の中のわたしはぶかぶかの服を身に纏っててちょっとダサかった。







・

・→←・

→ 目次へ｜作品を作る｜感想を書く
他の作品を探す