白い祈り (ページ44)

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『まだ幼稚園に入る前の健診で肥大型心筋症だと分かった時に、俺たち夫婦も調べたんや。俺は今まで自営やったし調べたこともあらへんかった。俺もその遺伝子があると知ったけど、もう息子は転がるように症状が進んで…人工心臓補助の機械付けるか付けへんかと選択を迫られたけど、そん時にこいつに会うてしもた。
会わんかったら…会わんかったらまだアイツ生きてたかもしらん。』

ぜいぜいと苦しそうな息の合間、胸を抑えた右手がぎゅっと強く握り締められる。

『そやから戸山も連れて行きたかった…。まるで聖人君子かっちゅうくらい能書きほざいて子どもと家族を罠に嵌めといて、自分の娘が死んだんも免罪符みたいに使いよる。
俺らを島に紹介した金で自分の娘はかっちりした病院で移植させようとしたんも腹立つけどな、それより娘さん死んでも尚罪を認めず、島とも手ぇ切らんと無断斡旋続けとんのはただの犯罪やないか。
何組もの家族を地獄に落とした男が、娘の死で情状酌量なんぞになるのは許せへん。

……知らずのうちに自分の息子を死なせる選択ばかりした俺がこいつを連れて行くのが、俺に課せられた罰なんや！』

《島》という名前に覚えがないが、きっと斡旋していた業者の名なのだろう。
仕事をするのも辛かったはずなのに、かなり高い血圧をわざと放置してこの病院に入院してきたのは、警戒心の強い戸山先生と接触する為か。

『…それでも…やっぱりそれでも…あなたが誰かを殺しちゃダメです。罪の重さの問題じゃない。あなたが真っ当に生きていかなきゃ、誰が亡くなった息子さんと奥様の為に祈るんですか…っ！』

俺にはそれくらいしか宥める言葉が見当たらない。
彼の痩せた背中を摩りながら、なんだか込み上げてきた。
相原さんを送った時と同じだ。

俺はよく泣いてしまうから《患者の心に寄り添いすぎる》と言われてきた。
寄り添うことで何かの希望が生まれるならいいかと思ってきたけれど。

……でも、彼の心にはどう寄り添えばいいの？

すると、聞いていた奥邑さんが静かに口を開いた。

『…俺、こないだ彼女にフラれたんですけどね？』

突然、全く関係ない話になって正直面喰らう。

『彼女、俺の親友の妹なんです。両親とも早くに亡くしてて。でも、ある病院の院長さんに引き取られたからか、その兄貴が妹の為に心を砕いていたおかげか…患者さんやお医者さんでもどんな人の気持ちも明るくできる太陽みたいな女の子になって…俺にはそれが眩しく見えた。』