白い祈り (ページ40)

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話しながらも石馬さんは右手を、戸山先生は両手をポケットに突っ込んだまま、まだ川面から目を離さない。

ポケットって個人の世界だ。究極のプライバシーだ。誰も干渉できないし覗けない。
そこに何があるのか…できれば出さないでほしい。
そのまま秘密にしておいてほしい。
だが確実に彼らの手は引っ張り出すだろう。出してはいけないものを。

穏やかな景色と声の中の張り詰めた空気。時折強い川風に吹かれながら、ひりつくような緊張感に息を飲む。

この不穏な静けさの均衡はいつ崩れるの？

早く…北山先生、奥邑さん…早く来て！

『…分からんでもないが、やっぱりあんたは連れてかなあかん。』

徐ろに石馬さんが立ち上がった。
戸山先生がゆっくり１歩離れた。

戸山先生逃げて下さい。カッコつけてる場合じゃない！

けれども俺の心の叫びは戸山先生に聞こえない。
音もなく石馬さんが戸山先生に向き直る。
戸山先生は受けて立つつもりだ。

……俺は…俺は…っ。

『こ、ここ、こんにちはっ！！』

俺の足が勝手に動く。風に向かって歩み出し２人に近付いた。
２人は目だけを動かして俺の姿を認めた。

『…えと。いやぁ、い、いい天気ですねっ！ったくもう、石馬さん、探しましたよ。病室を勝手に離れてもらっちゃ困ります。自分で点滴外したんですかぁ？』

明らかに場違いな話をしてるのは分かっている。
ここは奥邑さんに倣おう。にこやかに和やかに…。

『さ、ささ。行きましょ！あ、戸山先生、お話中失礼します。この方患者さんなんです。』

ベンチの向こう側の石馬さんの背中に手を伸ばす。
よし。とりあえず一旦２人を引き離せる…と思った瞬間だった。

スルッと俺の腕をすり抜けた石馬さんが、とうとうポケットからそれを出した。
ナイフだ。刃渡り１0センチほどだが、俺にはもはや妖刀ムラマサにしか見えない。
夕暮れの陽光にぎらりと光を反射するそれを握り直し、石馬さんが戸山先生に突進していく。

『…石馬さん、ダメですっ！！』

その時、戸山先生の両手にも何か握られているのが見えた。
アレってまさか…左手に催涙スプレー、右手にスタンガン？？準備万端かよっ！！

ツッコむ間も無くスプレーの吹き出す音が聞こえて目の前が白くなる。
慌てて目を閉じたが片目に入ってしまったのだろう、滲みる痛みに怯えながらも俺は構わず石馬さんの背後に伸ばしていた手を更に伸ばしてジャージを掴んで自分に引き戻す。

催涙剤…いや、この匂いは除菌アルコール？