赤い口紅 ページ9
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その後すぐに注文した、アレキサンダー。
わざと時間をかけて、ゆっくり、ゆっくりと呑み干していった。
その間に、会話はなかった。
ただしっとりとしたジャズが流れ、痛々しいほどの沈黙が続く――…まるで、おとぎ話のような空間。
「…………わたし、ちょっと」
お手洗いに――――言いかけて、
履き慣れないピンヒールの足下がアルコールでふらつき、視界が歪んだ。
その瞬間を、たくましくも細い腕に支えられた。
そのときに、はじめて……直接的に彼の顔を見た。
濡れたような、吸い込まれてしまいそうに深いひとみ。
甘い顔立ち。
耳にいくつも光る、シルバーのピアス。
「大丈夫？」
わずかな掠れを孕む、粗目砂糖のような声――…
「…………ごめんなさい」
わたしはすぐに顔を逸らした。
劣等感。
頭を過ぎったのは、そんな言葉だった。
店内の隅にある、女子トイレの中。
わたしは鏡の前で口紅を塗り直す。
白い肌と黒いドレスに、唇の真っ赤がよく映えた。
あどけなさの残る自分の顔が、いつもよりすこし大人に見えた。
バーに戻ると、彼は変わらずそこに居た。
わたしが持ってきた小説の、冒頭の部分に目を通している。
「きれいな文章やな」
そのごつごつと関節の太い手――文庫本を開いている手――を横目で見ていると、彼がぼそっとつぶやいた。
まるでほんとうに感心しているみたいに。
「透明感があって、少女みたい。穢れなんてまだなんにも知らんような。
そう思わへん？」
「…………さあ」
不思議なことを言うひとだ。
もっともそれは、わたしが言うべきことではないのかもしれないけど。
男が本を閉じ、空になったグラスを置いた。
わたしはそっと彼の目を見上げた。
そのひとみには、わずかに熱が灯っている。
まるでじりじりと燻る煙草の火みたい…――いや、
もっと。
それは、激しく肌を焦がすような。
「なあ」
「名前、なんて言うん？」
ふと、捕まった手首。
振り払わないのは……それがわたしのただ唯一の救いであり、また、この男と此処で出逢った理由で。
「………………アイコ」
とっさに出た偽名に、彼はきっと気づかない。
輪郭の良い唇が、ゆるりと弧を描いていく。
「俺、しょーた」
その名が真実なのか偽物なのか、わたしには、まったくと呼べるほど関係のないことだ。
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べに(プロフ) - 516516516tさん» こちらのほうも…！本当にありがとうございます(T T)双子とはまったくテイストが違いますが、これからもよろしくお願いいたします！ (2018年9月28日 0時) (
レス) id: c68c31e30a (このIDを非表示/違反報告)
516516516t(プロフ) - 双子と共にこちらも読んでいます！ (2018年9月26日 21時) (レス) id: 06c5e90194 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名：べに
| 作成日時：2018年9月11日 21時
