あんまり好きじゃない ページ8
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会話は一定のリズムで運ばれる。
どこから来たの?とか、どんな仕事をしているの?とか、そういうまどろっこしい質問を、わたしはしないと決めている。
相手の素性を知ることに価値を感じないからだった。
それに、男の人というのはひどく面倒くさい。
中には、興味を示せばらんぼうに距離を詰める男もいるわけであって――
「それ、ちょっとちょーだい」
2杯目に頼んだギムレットを、彼はわたしの指から取り上げて言う。
いやらしさや傲慢さを感じさせず、ごく自然に。
楽なひとだった。
こういうことに慣れているのか、あるいはわたしに興味がないのか――――踏みこんだ質問も、わたしがすこしでも言葉を濁せばそれ以上は聞いてこない。
視界の端に、晒された白い喉仏が映る。
そっと上下に動く、わたしはその自分にはない突起を、舌でじっとりと愛撫したい衝動に駆られる。
どうやら、もう酔いがまわったみたいだ。
「俺のも呑む?」
「ん……」
どくりと、耳の奥で心臓が震えた。
上品に弾けるシャンパンの泡。
喉を滑り、胃に染みて、吐き出した息が熱い。
「…………」
彼がまた、わたしを見つめている。
薄暗い照明の下。
それでも充分にわかる、火照った肌の色。
ふいに彼の手が、置きっぱなしになっていたわたしの文庫本をひっくり返した。
裏おもてになっていたそれの、表紙のあざやかな挿絵と、出の悪い万年筆で書いたようなタッチの表題の文字が、ぼんやりと灯りに浮かび上がる。
「あ、これ、見たことある」
彼が言った。
その指がなぞる――小柄な、でも節張った男性的な手――表紙の、泡を模した水玉模様。
「読んだことはないけど……前に人が読んでるの見かけたことがあって。この表紙の青に惹かれたこと、覚えてるから」
『人魚と林檎』
文庫本は、彼の手の中でぱらぱらと特有の紙の音を立てる。
「本、好きなんや?」
その言葉に、わたしは返事をしない。
夜景に目を奪われたふりをして、つまんだナッツを酒でそっと流しこむ。
「どんな話なん?」
「……あらすじ見たらわかるよ」
「はは、教えてはくれへんのや?」
「――――あんまり好きじゃないから」
あんまり好きじゃない。
それは、本を読むことか。
それとも、この小説に対してなのか。
自分でもよくわからない。
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べに(プロフ) - 516516516tさん» こちらのほうも…!本当にありがとうございます(T T)双子とはまったくテイストが違いますが、これからもよろしくお願いいたします! (2018年9月28日 0時) (レス) id: c68c31e30a (このIDを非表示/違反報告)
516516516t(プロフ) - 双子と共にこちらも読んでいます! (2018年9月26日 21時) (レス) id: 06c5e90194 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:べに | 作成日時:2018年9月11日 21時