ジッポライター ページ21
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「俺、腰悪いねん。屈めへんくて」
「…………」
よく言う――――何度も何度も抱いたくせに。
わたしは車から降り、仕方なく助手席に移動する。
シートの下に腕を伸ばし、指先に当たったつめたい感触を掴んで引き寄せた。
シルバーの、シンプルなジッポライター。
拾ったそれを渡そうとしたそのとき、手首を掴まれ、ぐいと力任せに、
「A」
引き上げられ、シートに、肩ごと押しつけられる。
「もっかい、する?」
その雄くさい香りが、わたしの呼吸器に充満した。
どろどろと、まるで絡みつくように、支配しようと蠢くみたいに。
あのまっすぐなひとみが欲に満ちている。
背筋がツンと冷たくなる。
突如降ってきたこの展開を、でもわたしは、まったく予想していなかったわけではなかった。
「……しない」
だから言った。
はっきりと、意思をにじませた声で。
「一期一会って、決めてるから」
それでも尚、目の前のひとみから熱は消えない。
互いの息づかいさえ響くような、沈黙。
わたしは拒絶を示すため、顔をそむける。
するとそっと落とすように笑んだ彼は、
「キスされんの、そんなきらいなん?」
なんて、
「…………べつに」
そんなこと、あなたが知る由は。
「……!」
ふたつの手のひらに頬を挟まれた。
距離が、吐息が、
強引に重ねられる唇。
ちゅる、と響いた、水音。
「やめて」
とっさに相手の肩を押した。
鼻先で揺れるひとみに、吸い込まれてしまいそうだと思った。
今すぐに逃げ出したくなった、が、頭を強く押さえつけられていて、動けなかった。
唾液で光るくちびる、その粘膜の隙間から、彼はチラリと赤い舌先を覗かせる。
「……あっそ」
低い声。黒光りする、目。
「いつもあんなふうに男引っ掛けてるんやな」
そうして口端を歪め、笑った。
頬を掴んだままの手が動き、その親指が、わたしの濡れた唇をなぞる。
途端に重く、鉛のようにつめたく、急速に遠くへ沈んでゆく心を、わたしは感じ取っていた。
哀しみも苦しみも、悔しさも、絶望も、何もかもを超越すれば人の感情は無の域に働くのだと。
彼の目を、つよく、見つめ返した。
「…………あなたに」
「あなたに、
わたしのような女の気持ちはわからないでしょう」
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べに(プロフ) - 516516516tさん» こちらのほうも…!本当にありがとうございます(T T)双子とはまったくテイストが違いますが、これからもよろしくお願いいたします! (2018年9月28日 0時) (レス) id: c68c31e30a (このIDを非表示/違反報告)
516516516t(プロフ) - 双子と共にこちらも読んでいます! (2018年9月26日 21時) (レス) id: 06c5e90194 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:べに | 作成日時:2018年9月11日 21時