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「座れるよ」
「や…椅子、濡れちゃうんで」
「じゃあそれ貸して。重いでしょ」
時間帯の所為か空席が目立つバス。席に座るのを遠慮した彼のバッグを、こちらに置くように促せば遠慮しながらも渡してくれた。僕は自分のバッグを隣の空席に置いて、彼のを膝の上に乗せた。
「服、濡れますよ」
「良いよ。帰るだけだから」
浮かれて微熱を帯びた体をどうにかして冷やさないと、感情が止め処なく溢れ出して暴走してしまいそうだった。
一先ずずぶ濡れのままで張り付いた服が気持ち悪いだろうと彼をお風呂場に押し込むように促して、濡れた服を洗濯する事にした。着替えは適当に、洗ったばかりの服を見繕って。ただ下着は封を開けていないのが一つもなくて、かといって僕の履き古しを置いておくのはどう考えても駄目だと思ったから“無いという事は、そういう事だ”と察して欲しいという気持ちだけを置いておいた。
ともあれ僕は彼の“今”がどうであったとしても少しでも何か話したかった。ずるいと言われようと、どんな手段でも良いからそれだけの時間を確保したかった。家に来るのを拒まなかったという事は嫌悪感は恐らく、ない。だからといって僕のように未練があるかはわからない。敬語で話す距離感が、可能性の低さを物語っているようにさえ感じた。
シャワーを浴びてリビングに来た彼は部屋を見回すなり違和感を露わにした。覚えているんだ、この部屋の様子を。恐らく違和感の元となっているソファが変わった事に、気付く程度には。
下着に関しては案の定ちょっと不服そうではあったけれど、ほんの少しだけ“あの頃”みたいな空気の会話が出来て。申し訳ないけれど嬉しかった。
彼が高三の夏休み、此処へ来る度に出していた麦茶をテーブルに置いた時。一瞬、空気がピンと張り詰めたのを感じた。グラスに伸ばした彼の手が強張るのを、縁に近付けた唇が躊躇するのを、見た。
「飲めなかった？」
痛いところを突かれたような目が確信を匂わせた。期待させるような事しないで、なんて自分の“確かめる”ような行為を棚に上げてそう思ってしまう。
なんてね、と笑えば彼は苦い顔をして笑った。
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作者名：7oh
| 作成日時：2019年7月13日 20時
