EP:06 ページ6
ある日の午後２時。バーのカウンターにはリチャードとタイセイがいた。
今日は起きるのが一段と遅かったタイセイに、温め直したナポリタンを差し出してやれば、ぱあっと目を輝かせて、がっつき始める。
こういう所は、小さい頃から変わらない。
ゆっくり食べても誰も取りやしないのに。
2人の年齢は4つ違うが、タイセイが施設にやってきた時期はリチャードとそう変わらない。
当時のタイセイは7歳なのに、箸はおろか、フォークの使い方すら知らなかった。
母親から虐待を受けていたタイセイの体は痣だらけで、タバコを押し付けられた跡がいくつも残っていた。目が合う全ての人間に喧嘩を売っていたあの頃のタイセイを思えば、随分丸くなったものだとリチャードは思う。
同じ施設にいるとはいえ、祖父からの愛情を受けて9歳まで育ったリチャード。
生まれてから7年間、薬に溺れる母親から、何も教えてもらえず、愛を貰わず生きてきたタイセイは、まるで、違う世界の人間みたいだった。
「なあ、タイセイ。覚えとるか、お前が施設に来た時のこと。」
口の周りをナポリタンのソースで汚すタイセイに、ナプキンを手渡しながらそう聞けば、タイセイはそれで口元を拭いながら、少し恥ずかしそうに笑った。
「何すか、急にそんな昔の話。」
「いや、施設の昼食でナポリタンが良く出てたから。なんか思い出したわ。」
「リチャくん、結構そういうとこありますよね。」
タイセイの荒れっぷりは、それはもう凄まじく、温厚派のリチャードはあまり関わりたくは無かった存在だった。
上級生に絡んでは、ボコボコにされるタイセイを、正直アホなやつだと思っていたし。
「でも、マサヤは最初からお前に懐いてたな。」
「マサヤは昔っから、変なやつですからね。」
マサヤはタイセイの2つ年下。タイセイが施設に来た時はまだ5歳。
生まれた時から施設にいるマサヤに取って、タイセイはつまらない日常に突如現れた、刺激的な存在だったのかもしれない。
まだあの時は、自分たちの中じゃ当たり前に一番小さかったマサヤが、タイセイを追っかけ回している姿を何度か見かけた事がある。
「まさか、大人になってまで、一緒にいるとは思っても無かったけど。」
「そうやなぁ。」
タイセイの言葉に、緩く同意したリチャードがフライパンを洗おうと、蛇口に手をかけた瞬間、タイセイが小声で呟いた。
「リチャくん、外に誰かいる。」
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作者名：ミノ | 作成日時：2020年5月19日 1時
