あれから ページ29
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「そいやおまえ、あれからあの人に会ったの？」
「あの人？……あぁ、櫻井さんですか？」
「そ。王子様候補だとか言ってたじゃん」
「あー、それはそうなんですけど、あれ以来会ってないんですよね」
「なに、狙うのやめたの」
「ちがいますよ。予定が合わないんです」
というのはウソじゃないけど、正確に言うと少し違う。
櫻井さん自身は私の予定に合わせますよって言ってくれてるんだけど、櫻井さんの同居人さんが櫻井さんが私に会うことに難色を示しているらしい、というのが正しい状況だ。
一度だけどうしても気になって「櫻井さんの同居人って恋人じゃないんですか？」と聞いてしまったことがあるけど「全然違うよ。この間も言ったけど僕にはいま恋人いないし」と返事が来ていたから恋人じゃないことを祈る。
それにしても、三十一歳の櫻井さんが誰かに会うために許可を取らなきゃいけない相手っていったい。
「あっそ」
自分で聞いたのに、今日の二宮さんはいつも以上に興味がなさそうだ。
「あれ、今日は煙草いいんですか？」
事務所に戻る途中、喫煙スペースを素通りしようとする二宮さんにそっちを指差しながら聞くと、メンドそうにこっちを振り向いた二宮さんが「あー…しばらく煙草はいいわ」とひらひら手を振った。
私が倒れたあの日から、二宮さんが煙草を吸うところを一度も見ていない。
今までこんなことなかったのに。
あんなに煙草の匂いが染み付いていた二宮さんのシャツからは煙草のかわりに柔軟剤の花のような香りがするようになっていた。
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作者名：iCHiKA
| 作成日時：2019年7月19日 17時
