匂い ページ13
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月の光は誰にでも平等に降り注いで、そして誰にでも平等に無関心だ。
冷たい月光とジジと音を立てる街灯の人工的な熱に照らされたアスファルトは凍るでも溶けるでもなく私と二宮さんの影を滑らせる。
紫色のコートは私の肩に掛けられていてちょっと冷たい風がその裾を揺らしたけどそれを映した影はたぶん二宮さんの目には入ってない。
二宮さんが玄関のカギを出す音がやけにじゃらじゃらと響いたのは私たちの間に会話がないから。
あの救護室で「帰ろう」と一言言ったきり二宮さんはただでさえ猫背の背中をさらに丸めてどこでもなく地面を見つめていた。
パチリと電気のスイッチを押すとコンマのタイムラグの後電気がついていく。
相変わらずこの部屋は煙草と二宮さんの匂いがまじりあって肺腑の奥までその匂いを吸い込むと固まっていた表情が緩む気がする。
この場所は、やっぱり落ち着く。
仕事の鞄を放り投げた二宮さんはすぐにバスルームに消えていってやがて給湯器の合図と一緒に戻ってきた。
「その怪我、手当てしてやるから先風呂入って来い」
「うん」
私は肩にかかっていた二宮さんの紫のコートをハンガーにかけてクローゼットにしまう。
「髪とか自分で洗えんの」
「うーん、たぶん……？」
「洗ってやろうか」
「……今日はいいや」
「あっそ」
「あ、でも服がないかも…」
「こないだのやつは？」
「一度持って帰った」
「そっか……んじゃ、俺のてきとーに着て」
「はーい」
シュッと二宮さんが珍しくコートに消臭スプレーをかけてるのを見ながら勝手にタンスを開けて二宮さんの寝間着を引っ張り出す。
ふわっと二宮さんの匂いがして、きゅっと寝間着を握りしめた。
「珍しいね、スプレー」
「ん、あー……救護室入ったから、ちょっとね」
シュッとまた音がする。
あんまりたくさんやってこの部屋から二宮さんが吸った煙草の匂いが減っちゃうのは嫌だなと思った。
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作者名：iCHiKA
| 作成日時：2019年7月19日 17時
