とある上司の物語 01-09 ページ10
『どうして総務部が連絡なんて……心当たりあるか？』
「さあ……健康診断の結果かなぁ？」
『それは先週配ったろうが』
「うちのは全員分、まだ俺の机の上にあると思うけど」
『個人情報は厳重に扱え』
「身長や体重が知られたところで、危険に晒されるようなことはないよ。大丈夫大丈夫」
『そういう問題じゃない』
ぴしゃりと言い切りながらも、胸に渦巻くのは一抹の不安だ。
宮園は眉間に皺刻んだまま、目を細めた。
――個人情報の管理は重要だ。
本当の危機は、いつだって想像の斜め上に存在するのだから。
『恭一郎っ！ お前なあっ！』
渾身の怒号に、応える声はない。
廊下へと続く硝子戸が虚しく閉じるのを見つめながら、宮園はぎりりと唇を噛み締めた。
『馬鹿じゃないのか……っ！』
固い床にへたり込んだまま、呻く。
あまりの衝撃に血の気は失せているのに、撫でられた背だけが燃えるように熱い。
まだ囚われたままなのだと、他でもない体が訴える。
――もしも奇跡が起きたとしたら。
時折考える実のない妄想が、ふと脳裏に浮かんだ。
宮園はずっと、五年前のあの夜に戻りたかった。
麻生を探して歩く足を止めて、肯定を望む自分の愚かさを訴える。
そうして、失うよりは望まないほうが楽なのだと教えようと、ずっと考えていた。
ただそれでもきっと、いつかは必ず駄目になっただろう。
先に放った自分の言葉は跳ね返り、矢のように突き刺さる。
《遅かれ早かれ、終わっていた関係》だ。
あのまま続いたところで、きっとどこかで終止符は打たれていた。
その証拠に宮園は、麻生と二人で歩く人生なんてこれまで一度も想像できたことがない。
結局のところ、中途半端なタイミングで失われてしまったから未練になってしまったのだ。
引導をきっちり渡しきらなかったのが問題で、
だから五年も経った今も、宮園の心と体は折り合いがつけられないでいる。
『こんな場所で蹲ってる場合じゃない……』
麻生の暴走がこれ以上手の付けられないものになる前に、なんとかしなくては。
宮園は険しい表情のまま、なんとか立ち上がった。
まだ痛む腰を叱咤して目指すのは、いつかの喫煙所だ。
足早に進みながら窓の外を見る。
さっきまで抜けるような青空が広がっていたような気がしたのに、今はもう見渡す限りの曇天だった。
宮園の記憶にある空の色はいつだって暗い灰色だ。
頭上に重く立ち込める雨雲を見上げると、自ずと憂鬱な嘆息がこぼれ出た。
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作者名：茄恋 | 作成日時：2017年12月21日 0時
