とある上司の物語 01-03 ページ4
麻生とでは思い描けない未来だ。
だから別れてほしい、と決定的な言葉を吐きながら、一方で宮園の中には相反する希望もあった。
だけど、もしこの場で麻生が拒否してくれたら。
別離を拒んでこの先の未来を共に考えてくれたり、
――そうでなくても、いつもと違う表情や反応を見せてくれたなら。
なんだっていいのだ。
焦りでも悲しみでも憤りでも、なんでもいいからいつもと違う何かを滲ませてはくれないだろうか。
そうしたら、きっと。
宮園のこの十年は報われるのだろう。
独りよがりなものではなかったのだと、肯定することができる。
そしてその瞬間に未来に対する不安や憂いは消え去って、願望や羨望でさえもどうでもよいものへと成り果てるはずだ。
これは賭けだった。
麻生が自分と同じだけの情を覚えてくれていたならば、勝てるはずの賭けだ。
握った拳に力を込めて、麻生を見つめる。
彼の表情に変化はまだない。
宮園の言葉を吟味するかのように視線を少し伏せ、唇を閉じている。
愚かなことに、宮園はこの瞬間までは負ける気がしていなかった。
自分にとってこの十年が重要な意味を持っていたように、彼にとっても無価値なものではないのだと信じていたのだ。
だから顔を上げた麻生が笑みを浮かべた時。
それがいつも見ている苦笑と何一つ違わなかった時。
「わかったよ。まあ、仕方ないね」
あっさりとすべては無に還るものなのだと、初めて知った。
「しおりちゃんは、僕とは違っていいパパになると思うよ。頑張ってね」
柔らかな応援の言葉でさえも、残酷な響きを伴って胸に刺さる。
『あぁ』
と宮園は乾いた声で答えた。
十年分の期待は塵となり、宮園の胸の底へと沈んでいく。
後に残るは大きな失望と後悔だ。
やり直したい。
そうしてこの夜、麻生を探して喫煙所に向かおうとする足を止めるのだ。
思い上がっていた自分を制して、冷静になるように説き伏せる。
賭けに負けてしまえば何もかも失うことになるのだと、教えてやりたかった。
ただもう、何もかもが遅い。
閉じていく夜に広がるのは諦観だ。
それはやがて宮園心の中にまで入り込み、散り散りになった恋情を覆い隠す。
何気なく視線をやった窓の向こうでは、計ったように雪が降り始めていた。
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作者名:茄恋 | 作成日時:2017年12月21日 0時