大好きな表舞台【兎佐伎翔緒】 ページ10
「よ…っと。はい終わり〜。可愛いよ、もう幕開けだし…頑張れ。」
桃色のリップ。カラコンとウィッグ、きらきらの衣装。大好きなものだけ身にまとって、常助せんぱいに背中を押された。「行ってきます!」元気に返事をして、舞台袖に立った。ここからは景色が違う。おれは今から、ヒロイン・エミリーの友人、マリア。ちょっとお節介焼な、最後には失恋しちゃうちょっとかわいそうな一登場人物。そんな"ただの女の子"の人生の一場面。演じるのはおれだ。
すぅ、と息を吸った。
「ちょっとエミリー!またあの男のこと考えてたの?あんなのよりもっと相応しいのがいるでしょう。さっさと乗り換えちゃいなさいよ!」
少し強気に、先に舞台にスタンバイして、井戸を恍惚の表情で覗くヒロイン・エミリー…。副部長である杵築めぐ先輩、めぐめぐ先輩に話しかける。恋する乙女の顔は、おれには出来ない芸当だが、さすが副部長、難なくこなしている。おっとりしたお姫様チックなしゃべりで応えた。
「でもねマリア。どうしてもあの人のこと考えちゃうのよ。…なぜかしら。私、あの人と一回しか会ったことないのに…」
「…完全なる一目ぼれね。やめておきなさいよ、あいつ、吟遊詩人を自称してたんでしょう?明らかに怪しいじゃない。」
ふん、と口をとがらせる。友達思いなマリアらしい、お節介。吟遊詩人をイメージするのが結構しんどくて、怪しいってなんだよ…って三日三晩考えたのが頭をよぎったけど、今の"私"は"マリア"だ。間違っても、男子中学生"兎佐伎翔緒"じゃない。
「一目ぼれ…!そうね、その通りだわ。もう一度あの人に会いたい。いいえ、会いに行くわ!」
「ちょ、ちょっとエミリー!?」
気付けば照明もおち、エミリーが舞台袖にはける。自分にだけ当たるスポットライトは、今が全部自分のモノみたいに思えて大好きだ。
「エミリー…。…大丈夫かしら、あの子。…何もないと良いんだけど…。」
小さく言い残して、舞台袖にはけた。観客は少ないし、大会でもなんでもないけど、演技ができる、誰かが見てくれている。この瞬間を、"おれ"は愛してる。
さて、もうマリアの出番はない。しょっぱなでエミリーのことを心配するだけの友人だから。あとは舞台袖でみんなを見送るだけ。…観客の顔が良く見える。そういえばあの黒髪の美人な新入生、どんな反応してるかな。ワクワクしながら少しだけ舞台袖から顔を出した。
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