すべてはキミに恋するため

傘の返し方 ページ42

「普通に返せばいいだろー。」

「普通ってどんなの？」

「ありがとうございました。助かりました。さようなら。」


ほぼ、棒読みで早口で言うミツを軽く睨む。そんな、ありきたりな方法なら、オレだってわかる。


そうじゃない。

そうじゃないから、アドバイスを貰いたいのに、ミツの方がバカなんじゃね？


心の中で悪態をつく。


「ビニール傘だろ？お隣さんは、きっと、貸した時点で、返ってこなくてもいいって思ってるだろ？きっと。」


ミツの言ってることは、たぶん、正しい。


Aちゃんは、もう、返ってこないと思ってるかな？


でも、オレにとって、このビニール傘は、返さなくちゃいけない物なんだ。



返さなかったら、


もう、二度とAちゃんの焼きおにぎりは、食べられないし、

あの居心地のいい、甘い匂いのクッションに埋もれることも出来ない。

何より、お隣さんとの良好な関係は、一人暮らしに必須でしょ。



自分に言い聞かせるように、言い訳を並べて、目を背ける感情。



黙り込むオレに、ミツがため息をついた。


「ニカが……次に、繋げたいなら、別だけどな。」

「どうしたらいい？」

「飯にでも誘えば？」


人事だと思って、面白そうにそう言って、隣に座るオレを押し退けるようにソファに寝転がる。


「えーーーー、ミツじゃないから、そんな
簡単に誘えないわ。」

「おまえ、チョイチョイ失礼だよな。ﾝﾊﾊ」


脱線して、道をそれる会話は、答えにたどり着けず、迷走しながら、ぼんやりとした行き先を示す。




返さなければ、

もう、



白く、

細い指先が、



オレの髪を撫でることもない……。




やっぱり、返さなきゃ……。




「北山さん、お願いします。」


ドアがノックされるのとほぼ同時に、オレ達の返事も聞かずに開けられたドアの隙間から、スタッフが顔を出してミツを呼ぶ。


「はい。行きまーす。」


軽い返事を返して、ミツが立ち上がる。


「……繋がるように、返せばいいんだよ。」

「わかんねぇよ。」




「じゃあ、諦めろ。」




突き放すわけじゃない。
最低限の言葉と、オレが自分で選べるように、ミツが置いていった選択肢。


楽屋を出ていくミツの背中を見送りながら考える。




オレは、

もう少しだけ、




あのモラトリアムで、仔犬でいたいだけ。




切なく、


儚く、




強がるキミをこのまま１人にさせたくないだけ。



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