すべてはキミに恋するため

小さな希望 ページ39

「えっ？カタカナ？漢字じゃないの？」

「そうだよ。カタカナ。読める？」 


散々、ペット扱いされた仕返しに、ちょっとだけバカにしたみたいに意地悪して言い返す。


「……… まさか、カタカナだとは…。」


余程、キミの想定範囲を超えていたのか、若干放心気味で、ひとり言みたいにそう言うキミに、正解を伝える。






「『ニカ』は、『ニカ』だよ！」






そう、『ニカ』でいい。

キミの仔犬は、『ニカ』。






本当のオレは、知らなくていい。






だから、

それ以上は、



踏み込まないで。






「…ニカ……？」


不思議そうに、キミの声がオレを呼ぶ。

その音は、柔らかくて、優しい。

自ら引いた境界線が揺らぐ。


「うん。みんなそう呼ぶから、呼んで。
あっ、あと、傘貸して。」




『ニカ』は、みんなのものだから。




もう一度、丁寧に、キミとの間に、境界線を描いていく。




『ニカ』が『高嗣』に変わったら、

『ニカ』が『高嗣』だって、気づいたら、


キミもカノジョみたいに、オレの前からいなくなるかな……。




一歩下がって、この関係を見てみれば、あの日の思い出が脳裏を過ぎる。




オレをオレでいられなくするのかな……。




憶測と警戒。



「ビニール傘でいい？」


シュークロークからビニール傘を取り出して、差し出すキミの手からパッと傘を受け取って、笑顔を返す。


「ありがとう。ちゃんと返すからね！」





借りた傘は、小さな希望。





握ったドアノブを思い切り押し開けて、勢いをつけて外へ出た。





閉じるドアの向こう。

消えていくキミの姿に、不安を抱く。





もう、恋なんてしない。

恋なんてしないから。





降り続ける雨の夜空に願った。





もう一度、キミに会えるなら、



Aちゃん



って、呼ばせて。

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