キミのその手を その声を 【6】

リード ページ1

忙しいって言ったニカの言葉は本当で、私の部屋から仕事に出かけたニカを見送ってから、ニカと会うことはなかった。


時々、何の前触れもなく掛かってくる電話は、取り損ねてしまえば、その後、折り返しても繋がる確率は低くて、取り損ねた自分を悔やんで過ごした。


電話を上手く取れる時は、大体がベットの中で、それも、かなり遅い時間。

なのに、ニカの声の向こうには、いつも誰かの話し声や音楽が流れていて、ますますニカの実体が何者なのかわからなくなった。


そして、大概、電話の最後は、「ニカ、行くよ。」とか、「二階堂、準備して。」とか、ニカが誰かに呼ばれるフレーズがきっかけを作った。



そんな些細なことで、多少の不安を抱く私の救いは、ニカの明るい声だった。



「今のワッターだよ。ジャム作ってくれるって！」


「続きは、LINEするね。」


「Aちゃんの焼おにぎり食べたい。」


「専用ビールの在庫、確認しておいてよ？」



いつも、電話の最後は、明るく次へと繋げてくれた。







だから、待てたんだよ。


一人の部屋でも。






隣の部屋が、空っぽでも。






声が聞けない日は、レスポンスの悪いメッセージがゆっくりと私たちを繋いだ。



− ねぇ、超高い牛肉少しと、そこそこな牛肉いっぱいだったら、どっちがいい？


− 超高い豚肉いっぱい！


− 豚肉ですき焼きするの？


− え？ダメなの？



時間をかけてやり取りした会話を読み返すと、いつもどこか方向がおかしくて、でも、それが私とニカにしかできない会話だと思うと、すごく幸せだった。



時々、送ってくれる写真には、必ずニカの左手が映っていて、その手首に揺れるブレスレットが私に安心をくれた。


少しずつ色を変え、ニカの腕に馴染んでいくレザーに、見えないリードが繋がって、ギュッと手を握ると、私の手の中に、リードの端の感触があった。





長い長いリードが、どんなに遠い距離も切れることなく、繋がって。



その心を引き寄せた。






会えない時間は、長くても。



離れた距離が、長くても。






私たちは、すぐ傍にいた。






離れてなんていなかった。






離れてなんて、いなかった。






ギュッと握ったリードの端は、いつだって私の手にあった。









私が





離したりしなければ………。





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